エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月25日 イスタンブール
 
今日は一日自由行動。エジプト航空で19:00にイスタンブールを発つまで。
昨日、ガイドさんからよさげなところを聞いておいた。
出発の荷物を作ってフロントに預ける。

イスタンブールのあらゆる乗り物に乗ろう〜とまずはタクシーでガラダ橋へ。
魚釣りをしている人たちと話をしながら新市街地のランドマークのガラダ塔へ歩く。

9階へエレベーターで上りイスタンブールの町並みやボスボラス海峡の景色を楽しみました。

タクシム広場に行きたかったのですが、主人は近場になるとしばしば方向音痴になる。
人に訊ねながら結構歩きました。
新市街地の繁華街、タクシム広場中央にはケマル・アタチュルクの功績を讃えた共和国記念碑が立っている。共和国になって民主化されたのです。

トラムがクリスマスの飾りをつけて可愛い。終点まで乗りました。

地下鉄にも乗りました。一つ目の駅で席が空いたので、おばあさんにどうぞと身振りをしたら、降りるような返事。で、私が座りました。おばあさんが驚いてみんな降りるのよと、ジェスチャーで教えてくれる。この地下鉄は世界で一番短いと聞いていましたが、まさかのひと駅だけの地下鉄なんです。私も主人も、他の人たちと大笑いをしました。坂がひどいので住民が利用しています。

ガラダ橋に戻ってきました。
ちょうどお昼時です。実は昨日ガラダ橋一階のレストランの人に誘われたのですが、お腹がいっぱいだったので、「またね」と言ってしまったのです。彼は「ジャパニーズ プロミス!」と言ってましたが、まさかお昼時にこの辺りに来るとは思っていませんでした。
あのお店に行こうか、ということになり行くと、彼は覚えていて「ジャパニーズ プロミス!」とビックリした顔をして、うれしそうに席に案内してくれました。
結果とても美味しいお料理、魚の焼いたのと、イカのグリル等々を食しました。支払いの時、値段を安くしてくれているのに気がつきました。
トルコのチャイはインドのチャイと違って普通の熱い紅茶をグラスに入れて飲みます。みんなチャイが大好きで、よく飲んでいるのを見ました。私もイスタンブールに着いてからの飲み物はチャイばかり。

地図を見ながら地下宮殿に行くことにしました。アヤ・ソフィアの近くです。今度は迷わないように頑張りました。
ガイドさんがお勧めでした。ビザンチン時代に造られた大地下貯水池です。水道橋から引いた水はここに蓄えられ、トプカプ宮殿に供給されたそうです。
メデューサの顔が彫られた柱や装飾の施された柱が336本が立ち並んでいます。

なぜメデューサの顔が逆さまだったり、横になっているのか、とても疑問に思いました。
後でガイドさんに訊ねたら、地下宮殿が建てられた時代はもうイスラム教になっていて、古代の遺跡には関心が無かったから逆さまでも横でもどうでも良かったそうな・・・。
他で見たことがない不思議な感覚ですが、来て良かった!と思える場所です。

旧市街地のこの辺りは観光客がいっぱい。

ガイドさんがホテルに迎えに来るまで、イスタンブールの街を楽しみました。
ガイドさんに「何処に行かれましたか?」と聞かれ、答えると「イスタンブールの総てを見てこられましたね。さすがです!」と褒めていただきました。
一旦、カイロに戻り関空に向かいます。

トルコ、イスタンプールについての感想は次に。

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東日本大震災から3週間

今回の東日本大地震から3週間が過ぎた。
言葉にならなくて、悲しくて何も書けない自分がいました。
自然はやさしいけれど、時には牙をむく。想定外のM9.0!
いまだに行方不明者が1万5540人。死者1万1828人。
凄まじ過ぎる。
地震を体験したゆえに実感として肌に感じる。
そして余震の恐怖・・今回はまた多すぎる。

地震・津波それだけでも辛すぎるのに福島原発事故の問題。
自然災害の上に人間の作ったものでこんなにまで打ちのめさている日本。
テレビを見るも心が塞いでくる。
アメリカ、フランス等々から専門家が来てくれるようだ。
原発の問題が起こった時、専門家ではない文化系の主人ですが
「崩れた3号以外の他の号棟もすぐに冷やさなければならない。そのための電源をはやく確保しなければならない。
放射能を漏れないようにする覆いが必要。
専門のロボットも必要。。(今度アメリカが持って来てくれるようだ)」と言っておりました。

日本には人間そっくりな精密なロボットが作られています。
目や唇まで動いて話しできるロボット。走るロボットも。
なぜ原発で動くロボットが居ない?
人間の姿はどうでもよい。危険なところで動くロボットどうして作られていない?

何をどうすれば良いのかを考えるのが仕事の主人ですから
専門家とは違って全体を見ることをします。
初めは冗談で言っているのかとかと思っていたことが
現実的になってきている。
速く安全になってくれることを祈らずにはおられません。

何を言ってもむなしく悲しい現地の人達が、
笑顔を取り戻せる日が一日でも早く来ますように祈ります。
人間の強さを信じたい。
そして自分の出来ることを頑張ります。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月24日 イスタンブール

朝、迎えに来てくれたガイドさんは現地の中年の男性。イスタンブール大学卒業、千葉県にも留学していたという。少し説明を受けても博識で素晴らしいガイドさん。
まずは世界遺産ブルーモスク。17世紀はじめに建てられたイスラム寺院。巨大なドームの周囲に6本のミナレット(尖塔)が印象的です。本当の名前はスルタン・アフメット・ジャスミィ。ドーム内部に青い花柄のタイルがびっしりと飾られ、その美しさゆえに「ブルーモスク」と呼ばれている。

お隣の世界遺産、アヤ・ソフィア。


ローマ帝国時代にキリスト教の聖堂として建立され、オスマン帝国が征服して後イスラム教のモスクになりました。
オスマン帝国が征服した後、偶像崇拝を禁止するイスラムの教えにそむくことから、モザイク画の数々は漆喰で塗りつぶされていました。 が、トルコ共和国時代に入り大修理され、今はキリストを抱いた聖母マリア等があり、ビザンチン帝国時代の栄華をしのばせている博物館として利用されています。。

ガイドさんと。

焼き栗屋さんのおじさんと

またお隣のトプカプ宮殿。

15世紀にイスタンブールを制圧したスルタン(オスマントルコの皇帝)の宮殿。
86カラットのダイヤモンドや宝石類、金の細工が沢山あります。ルパン三世が盗みに入るという漫画を思い出しながら、しっかり見ました。
「君の指には大きすぎるし、ネックレスやブローチにしたら重すぎるから要らないよね。残念だけど」という主人。
それより、主人にはハーレムの方が気になったようです。

歴代の皇帝は正室は持たずに、美しい女性をハーレムに何百という小部屋や広間で養いましたタイル装飾がとても美しい〜。

グランドバザール。広い!4000軒もの店が並んでいてガイドさんなしでは絶対に迷います。それでも、少しだけは二人だけで目印を考えながら歩いてみました。お土産を買いました。

ボスボラス海峡をこの船でクルーズ。

ガラタ橋は金角湾に掛かり旧市街地と新市街地を結ぶ橋。
一階はレストランが並び、その上では釣り人がぎっしり並んで日がな一日釣りを楽しんでいるようです。ガイドさんも不思議だ!といっておりました。

少しの自由時間があり、橋を渡ってみると「ジャパニーズ?」とみんなが親切。私に釣りをしなさいと言う。

夜はセクシーなベリーダンスショーを見ながらの食事。ここは観光客でいっぱい。ロシアから沢山のカップルがツアーで来ていたが、主人曰く「娼婦と農夫ばかりか?」
それほど、肌を露わにしたしたお化粧の派手な女性たちばかりと田舎の男性みたいな人達がぎっしり50組ほど。ロシア文学の読み方を変えたくなるほど。。
ここでの食事はまずかった。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月23日 イスタンブール

エジプト航空でカイロから2時間10分ほどでイスタンプールに着きました。
夕食はイスタンブールでお魚料理を用意していることだったので機内食を食べないつもりでしたが、サフランご飯とお魚の機内食が美味しくてついつい半分ほど食べてしまいました。

いよいよトルコ最大の都市、イスタンブール! 何度も行こうとしてなかなか機会を持てなかった街。
ボスポラス海峡でアジアサイドとヨーロッパサイドに分けられ東西文明の接点になっている都市。 ワクワク。

トラブル発生。 空港にガイドが来ていない!
私たちの名前なり、ツアー会社の名前のカードを持ったガイドが居ない。沢山の迎えのツアー会社が来ているのに・・・。
何度もネームカードを掲げている人たちの中ガイドを探したけれど居ない。
おとなしく待っている主人ではない。電話を借りて現地のツアー会社に連絡するが、英語も通じない。なんとかツアー会社の日本人にたどり着いて事情を話す。
そこに英語で私たちの名前を探しているアナウンスがある。
インフォメーションに行くと「あなた達は何処から出てきましたか!」と中年の現地女性が言う。
主人は「出口は一つしかないだろう! あなたはどんなネームカードを持っていたのか見せなさい」と厳しい口調で答えた。私は彼女が居たのを見ていた。でも何も持っていなかった。 「持って来ていません。私は日本人はすぐに分かりますから・・」とガイドが答える。
「現実に私たちを見つけられなかったではないか。私たちはガイドさんが男性か女性か年齢も分からないじゃないか!」
ガイドさんはミスが続きます。
私たちに荷物を持たせたまま駐車場まで運ばせました。「こっち、こっち」と。
主人はまた腹を立てます。「なんで車の方を呼ばないのか!」
車に乗ったら、街の説明を始めたのですが本に書いてあるそのまま。
主人は「明日からあなたのガイドは要らない。別の人を探してください。会社にその旨を伝えてください」
こんな風に言う日本人は珍しいのでしょう。

まずは魚市場に行って夕食は魚のフルコース。
とても美味しい〜。前菜もイカの輪切りのフライも魚のグリルもデザートも。気分は少し良くなる。

レストランで6人程で生の演奏が始まる。流しらしく5曲ほど演奏したら出ていく様子なので、主人が呼び止め演奏を頼むと喜んで日本人にお馴染みの「ムスターファ」「ウシュクダラ」歌ってくれた。チップをあげるとうれしそうでした。レストランの人たちも大喜び。
ガイドさんがきてホテルに向かう。「明日からのガイドさんが見つかりました」
・・・なんだか、とても疲れました。

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エジプト旅行の写真を載せました。

パソコン音痴で困り者の私です。
主人に写真の画素数を小さくする方法を教えてもらって、エジプト旅行の写真をなんとか載せました。ふぅ〜。  

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クライストチャーチの地震

あの美しい町、クライストチャーチが地震でひどい状況になっている報道を見るにつけ、心を痛めております。
行くえ不明の方が、一刻も早く無事に救われますように・・・。

2008年11月末に観光で行きました。
崩壊した大聖堂の塔にも登りました。。。
自分のブログを読み返してみても、「地震の恐怖があるため、個人の家は殆どが2階建て」と書いている・・。
ガーデンシティと言われているほど、花と緑の美しい町。
たぶん、行った事のある人は住んでみたい町の5指に入るでしょう。
ちなみに私の住みたい町は我が町とハワイ・クライストチャーチ・サフランシスコ・バルセロナでしょうか。(若いとしたらデス。寒がりという理由もありデス)

クライストチャーチが一日でも速く、以前のように生き生きとした美しい町になりますように、ただただ祈るばかりです。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月23日
気球に乗って日の出を見る為に、6時にガイドさんとクルージングをしている船を出ました。
ナイル川を20人乗りくらいの小舟に乗って横断します。
朝が早いので結構寒い。熱い紅茶とクッキーが出ました。うれしいものです。

まだ暗い中、6個ほどの気球がガスバーナーで膨らませておりました。風船部分が横になっているもの、膨らんで立ちあがっているものいろいろです。一台に15人位は充分に乗れます。



乗ったら、まず「降りる時は膝をゆるめてクッションにします」と練習しました。徐々に上っていきます。横のガスバーで高さのコントロールをしながらです。「ボー」と火が付くとさすがに顔を避けたくなります。かなりの高さに上ると太陽が赤く空を染めながら顔を出し、悠久のナイル川の流れや、民家、畑、王家の谷が見えてきます。やはり荘厳。。



主人も私も高所恐怖症気味ですが、慣れてくるのか恐さはありません。子供のようにただ楽しむだけです。。

だんだん降りて来ると鶏の鳴く声が聞こえ、サトウキビの姿もハッキリ見えてくる。

予定の40分を大幅に遅れて「ドスン」と着陸。膝をクッションにしてね。
着陸はいつも同じ場所とは決まっていない。トラックに乗った人達10人ほどが、気球を見ながら追いかけて来る。気球から降ろしてもらって、気球に乗った証明書を貰う。気球はかなり大きいので沢山の人で風船をかたずけてトラックに乗せなければなりません。

ガイドさんが大慌て。カルナック神殿に行かねばならない。
ルクソール空港から11時55分の飛行機に乗らなければならない。船に戻って清算して、荷物を出さなければならない。朝食も。
慌てぶりに「落ち着いて。神殿は見れるところだけを見たらいいのだからね」と言う私達。
実は、この日でエジプトは最後の日です。
余りの沢山の遺跡を見てきたので、正直なところ、見ても観なくてもいいと思っておりました。
ところが、カルナック神殿は、ルクソールだけでなくエジプト全体でも最大級の神殿です。巨大な建造物が群をなしており、その中心的存在となっているのはアメン大神殿。歴代のファラオが増築したらしい。134本の柱が立ち圧巻。レリーフも素晴らしいのです。
ガイドさんが慌てた意味が分かりました。





飛行機がルクソールからカイロに着きガイドさんとお別れ。あげれるものはあげて(日本のお菓子・飴等)、お互いしっかり握手して名残惜しそうに別れました。

沢山の遺跡を見て、結局この時点で分かった事は、北エジプトの王様の帽子が四角い事、南のそれは先がとんがっているくらいの事しか理解できていません。(笑)
イスラム教徒のガイドさんは几帳面で真面目で、待ち合わせ時間もかならず早く来るし優しい人柄でした。私が持っているイスラム教徒のイメージは全然違うことになりました。何でも経験して分かる事です。世界の人が沢山の国の人に出会うと理解が出来るようになると、子供のように単純に思えてなりません。
彼は遺跡の見学中に「この顔等はキリスト教徒たちが削りました」と何度か私達に言いました。
偶像を壊すと言われ続けているイスラム教徒のせめてもの抗議ともきこえました。
宗教上はいろいろあるのでしょうが、互いに理解し合って守るところはしっかり守って欲しいものです。

さようなら、エジプト。 もう来る事は無いと思うと不思議な気持ちが沸きあがります。
時間つぶしに、主人とゆっくり紅茶を飲み、お土産物を見ました。
イスタンブールに向かいます。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月22日
エドフを出発してエジプト第二の大きな町「ルクソール」に着く。終日観光。

まずは「王家の谷」


トトメス一世(BC1567年)以降の新王国時代の歴代の王がここに墓を造りました。盗賊をさけるために地下の岩窟墓になっていますが、ツタンカーメン墓を除いて殆どが盗掘されていました。ツタンカーメンの遺品は、幸いにも盗掘が少しだけで大部分が考古学博物館にあります。今は見つかったままの様子のレプリカが置いてあります。
お墓はとても数多くて全部を見る事が出来ません。私達はガイドさんのお勧めのお墓、9個ほど見ました。盗難にあったものの、壁面の絵が美しく残っているお墓や有名な王様のお墓ばかりを見学。暑い。

「ハトシェプスト女王葬祭殿」


エジプトではじめての女王。父トトメス一世、そして自分の為に造営した立派な葬祭殿。建物自体はエジプト的というより、巨大なテラスのためか西洋的に感じました。
遠足に来た子どもたちが、「what your name?」と口ぐちに聞いてくる。習いたての英語を使いたいのでしょうか?とても可愛いい。日陰が無いので暑い!

「ハワード・カーターの家」

王家の谷の発掘者のハワードが1922年ツタンカーメンの墓を探し出しました。国家が管理していて、庭の緑も美しい。昨年から無料で公開されましたが個人の家なので大きくはなく、団体客は入れないでしょう。当時の彼の服・帽子・家具・扇風機や冷蔵庫もそのまま残されています。 ガイドさんもまだ二度目で感激していました。

「メムノンの巨像」はそれほどビックリはしない。

ガイドさんに連れて行かれた金細工のお店も、お土産物屋さんも私達の興味に合わずで、ガイドさんに申し訳ないほど一瞬に終わる。

船に戻って昼食。ガイドさんから夜のルクソール宮殿のライトアップを見るまでに時間があるから、馬車でルクソールの市民が行く市場など、市内を観光しませんか?
明日の朝の日の出を気球に乗って見に行きませんか?と申し出があり、大賛成ということになりました。

馬車に乗って、市内を見るのはとても素晴らしいものでした。どういうところに住み、どういう食べ物を買い、どんな衣料品が売っているのか・・・観光客が殆ど来ない場所を走りました。写真を撮ったのですが、手振れ出ばかりになりました。女性の衣料品で感心したのですが、下着がとても派手なのです。黒い服も、良く見れば飾り物をいっぱい付けています。。やはり、どの国の女性もおしゃれを楽しんでいるのです。特にエジプトの女性は綺麗だし、おしゃれが好きみたいです。クレオパトラの国ですものね。



ルクソール駅  この隣のホテルでアガサクリスティが滞在して小説を書いた。

その後のルクソール宮殿は大きくて夜のライトアップが綺麗でした。


それにつけても、クルーズでの食事はおいしい〜。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月21日
昨日のアスワンの観光の中で石切り場(未完のオリベスコ)は、ここから石が運び出されて、ナイル川から船で運ばれピラミッドが建設された。というので興味深く見学。

昨日、船で小事件。私達の部屋に案内されて暫くすると、カタカタと何かの音がする。 私はエンジンの音が聞こえるのかと思っていた。 主人が私にガイドさんの部屋に電話して、この音の事を言いなさい!と言う。 船のボーイさん、ガイドさんが来て、ボーイさんが「10分ほどで直ります」という。
直ったのですが、しばらくするとまた音がする。
主人は変な「音」は苦手。。

朝目が覚めると、主人が居ない。しばらくすると、主人が帰って来て、「一部屋空いているのでそちらで寝た」そうです。「すぐに引越しするぞ」で、荷物を運ぶ。

今日は比較的船で過ごすこと多し。
音の無い部屋に移っておいて良かった。

コムオンボ着。コムオンボ神殿観光。


ナイル川の水位を調べる井戸

エドフ着。 巨大な塔門を持ち、太陽神ホルスをまつるホルス神殿の見学。
馬車に乗って




神殿の中の船

エジプトは砂漠の国。ナイル河の近くにしか人は住めない。川の水を利用して農業している人、魚を釣っている人、古い遺跡を窓から見たり、屋上に出て見学したりでクルージングをたのしみました。

大阪あそ歩の宣伝

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クルージングをする船は大きくもなく、小さな船でもありません。。ダイニングルームは100名位で食事です。私達夫婦とガイドさんは3人だけのテーブルで決まった席になります。

船での食事は、本当に本当に美味しくて、ご飯が必ず出ていました。バイキング形式で白いご飯だったり、サフランご飯だったり、焼き飯だったりですが。毎回同じ料理は出ない。コックさんの腕がすばらしい。種類も多く、デザートもたっぷり出ていました。ガイドさんはデザートが大好きで食べ過ぎです!(太るのを気にしていました)


ガイドさんはエジプトの事情、政治・経済・結婚等々話してくれました。エジプト通になりました。彼は大学で勉強しても、縁故なしでは就職できない人があまりにも多過ぎる、と憤慨しておりました。私でさえ見た賄賂の多さも。

彼の育った家がナイル川のすぐ傍で、見えるかもしれないということで、三人で日の沈むのを気にしながら、彼の家が見えるのを待ちました。家が見え始め彼の眼に涙が浮かんでいる。暫く一緒にいましたが彼一人にしてあげることにしました。

太陽の沈むナイルの川です。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月20日 

早朝4時30分の飛行機に乗るため、ホテルに午前2時にロビーに降りると、ガイドさんが待っていた。
ホテルから朝食用のBOXを受け取り空港へ。

7時にエジプト最南端の町 アブシンベル空港着。車で10分のところに、アブ・シンベルの巨大で壮麗な大神殿があります。神殿の正面には高さ21mの巨大なラムセス2世の像が4体、座像が並んでいます。向かって2番目の像は頭の部分が崩れ落ちて足元に転がっています。神殿内部も広くはありませんが、なかなかのものです。


太陽と水、「命」の鍵を持って。

大神殿の北側に寄り添うように立っている第1王妃、ネフェルタリの為に築いた小神殿があり、ラムセス2世とネフェルタリの立ち姿が交互に並びラムセス2世に守られているように立っています。足元には王子や王女の像がきざまれています。

そして、その二つの神殿の前はアスワンハイダムで出来た大きな美しい湖、ナセール湖(全長500辧幅平均10km)が広がり景色の美しさも手伝ってか、本当に素晴らしい。エジプトを旅行するなら、ここは見逃せない場所です。
このアブ・シンベル神殿はアスワンハイダムが建設されるにあたって、水没危機に晒されましたがユネスコ等の援助により、移築によって救われました。 凄い! 良かったです!

再びエジプト航空に乗りアスワンに着き、3泊のナイル川クルージングが始まります。

その前に、アスワンハイダム

アスワンの未完のオベリスク(石切り場)

有名なイシス神殿を見学。

赤道に近い一日だったので「暑い!」日でした。

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エジプト・イスタンブールの旅 

2010年12月19日  カイロ 二日目
エジプトと言えばやはり,ピラミッドとスフィンクスでしょう。
今日はその観光の日。ワクワク。
ガイドさんが朝の7時10分にホテルに迎えに来る。ホテルから車で40分くらいの所にギザの三大ピラミッドとそれを守護するスフィンクスがあります。
朝早く迎えに来てくれたのは、午前中150名限定で一番大きなクフ王のピラミッドの中に入る事が出来るからです。観光客が並びます。

人によってピラミッドの印象が随分違います。「思っていたより小さい」と友人は言っておりました。
私は「さすが!」とエジプトに来た事を強く実感。紀元前2500年ほどに出来た遺跡は、やはり大きくて立派です。

クフ王のピラミッドの側面を上っていくと入口があります。

観光客は思い思いに入っていきます。大回廊は傾斜があり、うんと腰をかがめ、手すりにつかまりながら進みます。
並行に斜めに走っている傷跡にも、ピラミッドを作った人達や時代へ心が動き、不思議な感覚を感じながら歩きます。
細い低い通路をくぐると「王の玄室」にたどり着きます。
ただ、今は何も無くあっけにとられるほど殺風景な部屋です。

クフ王、カフラー王(第4代ファラオ)、メンカウラー王の三つのピラミッドを美しく見える場所にガイドさんが連れて行ってくれる。

そこで「ラクダに乗りたい!」と言う私の所望でガイドさんが交渉、主人と二人で乗せてもらった!
ラクダの背はウマよりはるかに高い。

ギザのスフィンクスは最大で最古。カフラー王のピラミッドを守るために作られたという説は、顔はカフラー王に似せて造ったという。スフインクスそのものが太陽神としての信仰の対象だったという説もある。
顔は痛みが激しい。大事にしなければならないのに残念である。

本来午後に行く予定でしたが、二人だけなので何事も速い。午前中に「メンフィス」のラムセス2世の巨像 (私達はどこにいるでしょう?)

とアラバスター製のスフィンクス
を見て、さらに
「サッカラ」の階段ピラミッド

カゲムニの墓、ティティ王のピラミッドを見てしまった。

昼食はお魚のグリル。焦げ過ぎの感はありましたが、素晴らしく美味しい。ナン(パン)も茄子も、つけて食べるソースも美味しい。後で、ナンや茄子を焼いているところを見せてもらった。



午後の予定はフリーになり、車の雑踏を渡る事にもう一度トライ。。一度だけですが往復渡れました!
ホテルの周りでお買い物。

イスラムの国のホテル(ラムセスヒルトン)のクリスマス

夜、スフィンクス広場前での[音と光のショー]有名です。40分ほど見ました。スフィンクスが主人公になり、エジプトの歴史・文化が光と音楽と英語で説明されます。私は日本語のイヤホーンを貸していただけました。(無料)

明日は、午前2時半に迎えに来ると言う。飛行機での移動がある。

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エジプト・イスタンブールの旅 その

前回に続いてエジプト・・・カメラの画素数が多過ぎて、このブログには載せる事が出来ていません。方法が見つかるまで写真が無しで申し訳ありません。。。

2010年12月18日 カイロ着

朝の7時にカイロに到着。
アフリカ大陸にあるエジプトは、私たちは暑い国を想像してしまいますが、調べると12月は20度前後になっていました。今年は例年より寒いという。本当に寒い!

迎えに来ていたガイドさんは27歳のカイロ大学卒業しているエリートでなかなか感じの良い青年でした。
「今回のツアーはお二人だけです。エジプトは全部私がご案内いたします。飛行機の移動も船旅も一緒です」と流暢な日本語で話してくれる。日本には行った事が無いそうです。

まずはムハンマド・アリ・モスク。イスラム教の古い立派なモスク。靴を脱いで入り座って説明を受ける。



ガイドさんと一緒に。

エジプト考古学博物館。今回襲撃を受けたという。

広くて、膨大な遺跡が12万点以上もある。まだ分類されていない遺跡がゴロゴロと無造作とまでは言わないにしろ、本当に沢山放り出されているようにある。カメラは預けなくてはならない。
博物館の中でも、ツタンカーメンの部屋はその妃と特別な部屋。日本に来たら長い列を作りゆっくり見る事が出来ないであろうツタンカーメンの黄金のマスクやコレクションをじっくりゆっくり好きなだけ見る事が出来た。
ミイラの部屋もある。かなりの数があり、髪の毛なども残っている。長旅で疲れた私にはちょっときつく感じましたが、主人は興味深くみておりました。博物館の中でもまた別に拝観料が要ります。

外で初代館長オーギュスト・マリエットの像の前で写真をパチリ。エジプト考古学の発展につながった人である。
ムバラク大統領や政治に憤慨しても(よく理解出来ます)、考古学博物館を襲撃するのは避けて欲しい、と強く願います。エジプトの宝です。

昼食を食べてから、楽しみにしていたハンハリーリスーク(バザール)での買い物。

多彩な店が並び細い道が無数にあるので、ガイドさん無しでは迷うかもしれない。
私は香水瓶をお土産に買うことにした。道端で売っているのは安いのだけれど、観光客が私達だけなので少々高くても、ガイドさんの友達のお店で買うことにした。

ホテルに連れて行ってもらった。素晴らしいホテルで、夕食も美味しかった。エジプトは美味しいと、来てみて初めて知りました。

エジプト風に?

エジプトの母なるナイル川がホテルの横を流れている。世界で一番長い川は意外に川幅が無い事に驚く。

カイロの車の混雑は大変なものである。車優先でスピードは
すごいし、運転は乱暴。信号はほとんど無い。あっても機能していない。ホーチミン市でのバイクが車になったようなものである。
ガイドさんにくれぐれも外に出て道を横断しないように、注意を受けていたが私達は挑戦してみた。
無理だ。今日は諦めた。すご過ぎる。向こう側に渡れない。

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エジプト

もう2月。
なのに今年になって初めてのブログです。

穏やかなお正月、次女のカップルも我が家に来て楽しく賑やかなお正月でした。
次女の彼は日本語は出来ませんが、穏やかな「大人」。カップルのお互いの持つ「敬愛」は素晴らしいものがあります。
恒例の新春大歌舞伎もお正月3日、観てきました。
素晴らしい新年。おみくじは夫婦共「大吉」でした。

その後、フリーズしてしまった私は、ブログアップを出来ませんでした。m(_ _)m

今、エジプトが政治的に大変です。
チュニジアから始まった政変、その時にすぐエジプトに飛び火するだろうと思いました。
昨年12月17日から10日間エジプト旅行に出かけました。
ムバラク大統領の30年の独裁政権はやはり長過ぎです。制圧も強く、腐敗もするでしょう。貧富の差も大きく一般の人の貧しさも目にしました。
元ナセル大統領への敬慕も感じました。
ただ、世界への影響はチュジニアのように簡単なものではなく、それはとても心配でもあります。

「エジプト」ご存知のように紀元前3000年に(日本はまだ縄文時代)すでに高度の文明を誇った国です。

世界一長い川、ナイル河流域だけに人が住める国でした。あとは砂漠が続いている国、エジプト。
太陽と水が命の源であり神様そのものです。痛切に感じさせてくれる国でもありました。
多大な遺跡を毎日いくつも見てきました。。
今は何がどこにあったのかさえ、おぼろげになって来ています。旅行記を忘れてしまわない間に・・・。

エジプト人が元来白人なのか、黒人なのかは、私達黄色人種では考えられない程の「問題」であるらしい。
なぜなら、文明が始まったのは白人社会なのか、黒人社会からなのか・・・非常に論議を生むところであるらしい。
エジプトの人を私なりにじっくり観察しました。
顔の彫りの深さは、白人に間違いがないように思えます。特に鼻がスマート。けれども、髪の毛は黒く縮んでいる人が多い。。白人系か黒人系か・・・やはり「謎」です。でも、私達にどちらでもいいような気がします。

旅行記は次回に。

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どうぞ 良いお年を!

今年も残り少なくなりました。

エジプト・イスタンプールの旅行から帰ってきました。
とても素晴らしい旅行でした。
また、ゆっくりブログアップしたいと思います。

今年もいろんな事がありました。
主人がサイボーグになったり、私の新しい病気が見つかったり、忙しい年でした。
楽しい事もいっぱい。

皆さまにとりまして、来る年が健康で穏やかで優しいとしでありますように、お祈り申しあげます。。

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レモンの収穫

今年の我が家に出来たレモンは豊作でした。
全部で12個。形も大きさも立派です。
今日、主人と収穫いたしました。(^-^)


我が家と言っても前宅(近所)です。
今は主人の隠れ家、創作の場。
水やりも気の向いた時にだけ。
受粉させるのも忘れました。
肥料も、もちろん農薬も全くなし。
自然のままのレモンです。
なんだか、とてもうれしい。♪

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中国語の勉強。

中国残留帰国者の人たちから、ボランティアの希望者が中国語を習っています。一カ月に二回で夏休みもあり、遅々として進みませんが、習い始めて一年半、ようやく一冊の本「中国語はじめの一歩」が終わりました。

中国語で簡単な自己紹介が出来るようになりました!
「私の名前は茶谷通代です。ウーロン茶の茶、山谷の谷、交通の通、時代の代です。今年●●歳になります。
兵庫県宝塚市に住んでいます。
中国語を習い始めて1年半です。中国語はとても難しくて、まだ上手に話す事が出来ません。
家族は夫と二人の娘です。けれども、二人の娘は遠くに住んでいます。
旅行が大好き。太極拳、絵を描くこと、本を読む事が趣味です。
今後ともよろしくお願いします」

この年齢で凄い!(笑) でしょう〜? (自画自賛)
覚えるより忘れる方が多いようなものですが、継続は少しの力になっているかもしれません。
今更中国語を勉強して、ガイドになれるほどに出来るようになる訳もなく何に役立つ?? ワカリマセン(笑)。
でも、いろいろ面白い事も分かるのです。
漢字の文化は素晴らしい〜。

文法は比較的に易しいのですが、発音の難しさに四苦八苦。
日本語に無い発音が多い。(英語もそうなのですが、習った時の年齢が若かったので、まだ耳は理解する能力が少しあった)
また、四声には参ります。ムツカシイ・・・。

しかし、しかしです。日本語ほど難しい言葉はないように思います。加齢した帰国者たちの日本語を学ぶ苦労は大変なものです。
私が中国語を学ぶ前に比べると、帰国者の人たちの教科書の中国語の部分を理解出来るようになり、帰国者の人たちに日本語を教えるのが、楽になりました。
役に立っている!ワ(笑)

来年から「中国語さらなる一歩」に進みます。
継続は力を信じて。。
不要着急(ブヤオジャオジ)
慢慢地学(マンマンヂシュエバ)
急がず、ゆっくり学びます。。

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おくらばせながら、ご近所の紅葉

我が家のすぐ近くの「黙想の家」の紅葉です。
デジカメを持ち歩かないので、携帯電話のカメラです。そのカメラがとても手ぶれする位置にあり、ボケています。(カメラの為にして・・スミマセン)




白い冬になる前に(雪が積もる地方ではありませんが)、自然が織りなす秋の赤や黄色。陽に当った薄い葉の輝きは、何度見ても「綺麗ね」の言葉が口からこぼれます。静かで心やすまる場所です。

これも、ご近所の家に咲いていた皇帝ダリアの花。
こんなに背が高く咲くこの花は始めて見ました。青空に青い花がとても爽やかです。

昨日はポカポカ陽気で気持ちの良い散策できました。
一転して今日は突然激しい雨が降り突風が吹き荒れるお天気。うつくしい紅葉も散ったことでしょう・・。

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「嗚呼 満蒙開拓団」の映画を上映します。

私は宝塚に住む中国残留帰国者に日本語を教えるボランティアの会「ともだち」のメンバーの一人です。
「ともだち」が中心になり、宝塚市社会福祉協議会・宝塚市教育委員会の主催になっていただき、無料で上映されます。

11月27日(土)
宝塚総合福祉センター
。隠亜В娃亜腺隠押В隠
■隠魁В娃亜腺隠機В隠

2008年キネマ旬報文化映画ベストテン第一位になった(羽田澄子 演出作品)映画です。
何故、中国残留孤児が生じたのか理解していただきたいのです。お近くの人は是非見に来て下さい。

私は「ボランティア」という言葉があまり好きではありません。
ボランティアの多くの人が持つ独特な雰囲気が苦手だったのですが、知人が始めた「ともだち」の会に入り日本語を教えるお手伝いをしています。

何年も日本に住んでいて何故日本語が出来ないのか・・・はじめは不思議でした。
彼等がサボっていた訳では決してありません。
雨が降っても、勉強に遠くからでも出席する人が多い。
政治家や行政に文句を言えば沢山あり過ぎる。

現実に今をどうすれば良いのか・・・
●少しでも日本語が上手に出来るようになって欲しい。
●日本に帰って来てからも辛い事が多すぎた彼等達が、少しでも安らいだ気持ちになって欲しい。
●この現実を周りに住んでいる人たちの理解が欲しい。
と思っています。

また彼等から中国語を教えてもらって、加齢すると言葉を覚えることの困難さを、わが身を持って痛感しています。
特に日本語は非常に非常に難しい言葉です。
また日本人は少しの違い(言葉)に過敏に反応することも自覚しなければならないと思います。それほど繊細な言葉なのでしょう。

是非、映画を見にきてくださいますように。

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西条まつりと新居浜太鼓祭り

唐津に行く直前に、いつもの5組の夫婦で愛媛県の秋祭りに参加してきました。

最近はお祭りづいています。
見物だけでは納まらない人達。地元の人たちの協力を得て参加出来ています。

●長崎の精霊流し・・・これはお祭りではありません。地元の方の船に参加させていただいて歩きました。
●風の盆・・・本格的な旅館が一軒しかないところをゲットしてくださいました。
●岸和田だんじり・・・これはメンバーさんの地元。
●諏訪大社の御柱・・・メンバーの奥様の実家が諏訪。地元の方の家でご馳走になり、綱を引かせていただきました。

そして、今回は幹事。
愛媛県の職員さんのご協力を得て良いところ取りで参加させていただきました。

主人が見ておくべき秋の祭りの一つだと申していたことがよく理解できました。
「凄いお祭り!」とその豪華で勇壮なお祭りを楽しんできました。
写真班からまだ届きませんので、苦手で数少ない我が家の写真を取り敢えず・・・

10月16日 西条まつり
 伊予乃神社だんじり川入り(加茂川)

伊予の神社に宮入りしようとする神輿を見送りに来ただんじりが土手の上に一列に並びます。壮観です。神輿が川を渡りきるとお祭りが終わってしまうので、少しでも長くお祭りを長引かせるために100個以上もの蝋燭をつけただんじりが川に入り水しぶきをあげ邪魔をするのです。

10月17日 新居浜太鼓祭り
一宮(いっく)神社のかきくらべ



豪華な刺繍の太鼓台が150人の男衆に出差し上げられます。
凄い、素晴らしいお祭りに感嘆しました。
新居浜市内に51台の太鼓台があるそうです。
まさに勇壮華麗な「男祭り」です。

その後、小型バスを借りきり、西条市内に戻ました。西条のまちの地下が水質の良い美味しい水瓶になっているそうで(水道代は無料らしいです)、そこかしこから出るお水を飲みに。

その後広瀬記念館へ。住友家別子銅山の大番頭、広瀬宰平の自宅と記念館を見学。住友家の本家は大阪にあり、今は天王寺の市立美術館になっています。

しまなみ海道(主人が名付け親です。本当は西瀬戸自動車道でしたかしら?)
しまなみ海道の中で主人が一番美しい景色という亀老山で瀬戸内の景色を堪能。

尾道では、市役所の方にお世話になって、美味しい料理屋さんを紹介していただきました。休日なのに開けていただき、その美味しさに全員が絶賛。また来よう〜と決まりました。

写真が来たら載せますね。

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一人の小さな旅

一人旅と言っても、唐津で学生時代の友人と待ち合わせです。
4年ぶり。ワクワクしながら、福岡空港から筑前線にのりました。

車窓から、唐津の海が見えて来た。

唐津駅で迎えてくれました。
青春時代にタイムカプセルに乗ったと同じです。

2人で泊まったホテルからの眺め

2人で歩いた虹の松原

ここの松の、その緑豊かな美しさに感動。

なんと贅沢な時間でしょう。
学生時代の一回生の一年間、同じ寮の同じ部屋(6人部屋)だった。
お喋りに花が咲き、美味しいお料理を楽しみ、ゆったりした癒しがたっぷり。
美人で、しっかり自分を持って生きて来た友は、相変わらず美しくて考え方も大好きな人です。
厳しかった寮生活は、尽きぬ思い出がいっぱい。懐かしくて・・・
まだ二人とも両親に守られ、人生の荒波を全く知らず、若さが輝き・・・
でも、今の2人は、頑張って生きて来たぶん、もっと輝いているかも。
小さな旅を快く許してくれた2人のご主人様の理解に、まず心からの感謝。ありがとうございます。

自分の良い時代に素晴らしい友を得て、時間を共有できたことに大きな幸せを感じた旅です。

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