Monthly Archives: May 2011

「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月26日 釜山 釜山の人口の多さは、朝鮮戦争の時に共産党に攻められたソウルから臨時に釜山が首都になった時が有ります。。人々も逃げて釜山に多くの人々が移動し、そこに住みついたという事らしいです。 実は、主人は「大阪あそ歩」と「釜山の観光」とコラボ?を計画していて、もうすでに釜山を調べてきておりました。 5月末に大阪の人達と「釜山のまち歩き」をします。 秋には釜山から「大阪あそ歩」に来られます。 そこで今回、釜山の強力な助っ人「金 明淑」さんにガイドをお願いしておりました。 彼女は気持ち良くボランティアで案内して下さいました。 彼女は日本の大学を卒業。お母さんは現在91歳の日本人で彼女はハーフ。 理知的で明るく素敵な女性です。実年齢を聞いて若く見えるのにビックリ! 韓国の人が若く見えるのはキムチが良いのでしょうか? それともニンニク? 唐辛子? 今日は盛りだくさんの見学があり、専用バスを用意。 まずは、魏志倭人伝に深い関係のある「加耶(カヤ)の国」の資料が沢山ある「国立金海(キメ)博物館」立派な博物館です。 博物館の前で 私達は教科書で加耶の国は「任那(ミマナ)の国」として習った記憶のある国です。 金さんの手配で博物館の人が日本語で案内をしてくださいました。 出土された数々の埋蔵物は素晴らしいものばかりです。 この地に[鉄]という資源、しかも品質が良い鉄が沢山取れたこと。そして鉄と文化が日本に伝えられたことは一目瞭然です。 考古学を奈良大学で勉強中のH・K氏が「う〜ん。凄いの一言に尽きる」と。 加耶(カヤ)の国はいくつかの国がありその中で一番大きな権力のある国の王様、首露(シュロ)のお墓とお廟があります。金さんの手配でここも専門の日本語でガイドさんが案内してくれました。 とても立派です。毎年「金」さんという名字の方々が集まり法事をなさるそうです。 金さんが昼食にトンネで美味しいチヂミのお店に案内してくれました。 山の上にある梵魚寺(ボモサ)はこの時期だからでしょうか、提灯の飾りつけが凄く沢山あり驚きでした。 熱心に修行なさっておられる方が沢山おられます。 釜山市内にミニワイキキ! 海水浴で賑わう「海雲台(ヘウンデ)」立派なホテルが並んでいます。 お金持ちはここで楽しむのでしょう。 この辺りのマンションは億ションだそうです。地下鉄の駅がある市内だし、景色は好いし、抜群に素晴らしいところです。ちなみに金さんもこの近くのマンションだとか! ラウンドマークの「釜山タワー」から「近代歴史館」へ。 日本が占領していた頃の資料・写真がありました。 金さんや金海(キメ)博物館の人達から、「これからは仲良くやっていきましょうね」というメッセージを受け取りました。 放射能の事も「釜山で放射能の心配などバカバカしい」と笑っておられる人もいます。 釜山でみかけた看板 報道はいろいろあります。 それが全てではありません。 私たちも、報道だけを信じて軽はずみに、「ああだ、こうだ」と言うと間違うなぁ〜としみじみ感じたことです。 夜は「牧場園(モッチャンウォン)」で焼き肉。 翌日は関西空港へ。 相変わらず締りのない旅行記になってしまいました。

Posted in General | 2 Comments

「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月25日 対馬から釜山へ 対馬の「韓国展望所」ではガスっていて、残念ながら釜山は見えなかった。 対馬の北にある比田勝(ヒタカツ)港で出国手続きをして、臨時に対馬に寄ってくれることになったJR九州高速船「ビートル」を待つ。通常は福岡と釜山の連絡船ですから、この日だけの寄港になります。お願いした主人も私も、少し心配でもありました。 忘れずにちゃんと寄ってくれました。 うれしそうな主人の顔。 対馬に寄ってくれたビートルは殆ど満員でした。 10時45分発→11時55分着で 韓国「釜山港」に着きました。近い! 釜山港は神戸港を抜き入出荷の量ははるかに多く、アジアのハブ港として活気がありました。 船で外国に入るのは初めての事でした。 放射能検査の枠をくぐり入国手続き。 それぞれタクシー3台に分乗して西面(ソミョン)のロッテホテルに。 昼食の後、それぞれ自由に釜山を遊ぶ。 釜山の町は起伏のある町で、平地には超高層ビルが立ち並んでいます。 (ホテルから) 釜山の人口は340万人、大阪250万人、大都会の街です。 昔、山から木を燃料にするために切ってしまって、緑が少ない街。いまは植樹をして緑を豊かにするための努力中です。一度緑を失うと後の手当が大変です。私達は他山の石にしてはならないと強く思いました。 夕食はチャガルチで海産物の屋台のような食堂で食事。 チャガルチは魚貝類の市場。日本の遠い昔のように、地べたのようなところに敷物を敷いて魚貝を並べて売っている。 その市場がとても長いのでビックリしました。 男性クループは物珍しく面白そうで楽しく食べておりました。 女性陣は多くの量や雰囲気にやや食傷気味だったかな? ワタクシはヘイキなのです。 夜はKさん夫妻の部屋で宴会。

Posted in General | 2 Comments

「魏志倭人伝」逆コースの旅 

4月24日  対馬 壱岐の芦辺(アシベ)港から高速船で一時間と五分で対馬の巌原(イワハラ)港に着きました。 壱岐の島が四角いカメのような形をしていたのに対して、対馬は南北に細長い島で壱岐より4倍大きい島です。緑豊かな美しい島です。 主人は専用バスを手配しておりました。 赤い万関橋  対馬の上下の島を繋いでいる橋。 遣隋使たちは韓国に向かう時に、島の一番狭いところを船から降りて船を引いで梅林時の横を通って島を東西に横切ったそうです。今もその土地の名前は小船越(コフナコシ)と言います。 大変でもその方が速く便利だったのでしょう。 阿麻氏留神社 対馬の住吉神社 今も海のすぐ傍にあり、航海の安全の神様として一番わかりやすい住吉神社。海の水がとてもきれい。 対馬で私が心惹かれた和多都美神社(ワタツミジンジャ) 海に向かって立つ鳥居。 和多都美神社の後ろは原始林。気持ちの良い森林浴。 豊玉姫之墳墓 三角形の鳥居 普段は韓国からの観光客で韓国語が飛び交っている観光地。 福島の原発問題が起こって、韓国人の観光客は全く見ない。 和多都美神社も私達だけの静かな景観でした。 ホテルがビジネスホテルのような感じ。 普段は良いホテルしかお泊りにならない奥様がビックリなさった。 ここだけはJTBにとってもらったのです。 夕食後、いつも誰かの部屋での宴会は止めました。部屋が狭いのです。 主人たちは男だけで飲みに出かけました。 しばらくして、夫達から良いところが見つかったから迎えに行くからおいで!と。 夫婦で経営しているお店で「つしま すみっこ」とてもいい感じ。 出されるものが、美味しい。 そこに来ていたご家族とすでに夫たちは仲良くなっていて、私達がお邪魔して更に盛り上がりました。 元気で感じの良い奥さんから対馬やお料理の事、色々教えていただきました。 自分のところで採取した蜂蜜もいただきました。対馬は和蜂しかいない。そのお味はあっさりとして美味。お酒にも合うとお気に入りのH氏。 ご家族の長女さんは高校生で釜山の高校を選び寄宿しておられるとか。 ご主人はサンパツは釜山に行くとか。 [対馬は韓国人に乗っ取られている]と聞いておりました。 実は「魏志倭人伝」の世界のように、身近でもっと自由に往来していることを知りました。 釜山は緑が少ない街、韓国の人は緑豊かな対馬に自然の癒しを求めてこられるのでしょう。どうか、日本を観光として楽しんでいただければ嬉しいのですが・・・仲良く生きていきたいものです。過度な愛国心はお互いを傷つけます。

Posted in General | 2 Comments

「魏志倭人伝」の逆コースの旅 

4月24日  壱岐の島 今日はまず「鬼の足跡」を観光 後ろに見える波に削られた岩。 壱岐では「鬼」は悪者ではなく神秘な者。不思議な者。神様に近い者。であるそうな。 壱岐の住吉神社。 住吉神社の総社は大阪の住吉大社で海の航海の神様。 遣隋使や遣唐使達は航海の前に必ずお参りをして航海の安全をいのりました。 壱岐の住吉神社、対馬の住吉神社は大事な神社でした。 「双六古墳」立派な県内最大の前方後円墳です。 「鬼の窟(イワヤ)」懐中電灯が必要です。 「月読神社」 偉大な大事な月の存在。占ったことでしょう。 「男嶽神社」 猿の焼き物が沢山並んでいます。 芦辺港に戻り対馬に向かいます。 なんだか写真だけの案内になってしまいました。

Posted in General | 4 Comments

「魏志倭人伝」の逆コースの旅 

いつもの5組の夫婦(おきらくファミリー)で歴史ツアーに行ってきました。 大阪伊丹→福岡港→壱岐→対馬→釜山→大阪伊丹の旅。 旅行の行く少し前に主人とK.Hさんで皆さんに3時間のお勉強会を開きました。 今度の旅行の意気込みが感じられました。 今回で一番大変だったことは、原発の影響で韓国の人たちが放射能を怖がって対馬に来なくなり、対馬と釜山の連絡高速船が韓国籍だったので運行しなくなったというのです。 主人はさすがに困りいろんな方法を考えました。 対馬からまた福岡に戻ってから釜山に入るか・・・それでは魏志倭人伝の世界の感覚が違ってくる。 色々と考え、福岡から釜山へ直行する高速船(JR九州高速船)に対馬に寄って欲しい、10名を乗せて欲しいと申し込みました。 返事を待つ間も、あの手この手と考え手を打っていきました。 有難いことに、JR九州高速船はその日だけ、対馬に寄ってくれることになりました! 4月23日 福岡空港から博多港に。九州郵船で壱岐に向かいます。 壱岐の芦辺港には市役所の人が二人迎えに来てくれておりました。 予約していた専用バスに「おきらくさま」と貼られておりました(爆笑)。 「豊月」で昼食。さすがお気楽は豪勢に注文。解禁になったばかりの黒ウニ(紫ウニ)はとても甘い。 はらほげ地蔵を取り敢えず見て 今回の目的の一つ「一支国博物館」へ。黒川記章氏の最後の作品。 製作半ばで亡くなられました。 昨年長崎県から観光客を5万人集めたい!と主人に依頼があり、主人は心臓の手術を引き延ばしてこの博物館のために東京へ行ったり手を尽くしました。 市役所のお二人の出迎えを受けた時「おかげさまで昨年の目標5万人の3倍の15万人が来館してくださいました」とうれしそうに言ってくださいました。 非常にモダンな建物で、不思議な雰囲気があります。 また、縄文時代の原風景に調和を考えられているのが分かります。 博物館は安楽さん(長崎県東アジア埋蔵物文化センター室長)が案内をしてくださいました。 建物内の展示もさすがに現代風で飽きの来ないように上手に展示されています。 発掘された遺跡の分類されているところも、見ることが出来ます。 立ち入り禁止のマークのところもそっと見せていただきました。 博物館から「原の辻(ハルノツジ)遺跡」がよく見えます。 弥生の時代の原風景。    博物館に展示されていたように、弥生の人たちの生活ぶりは 自然で私達が思うより生活が豊かだったと感じます。 中はとても居心地がいいのです。 そして 岳ノ辻展望台 猿岩 本当にそっくり。 そしてホテルで特別なお料理をだしていただきました。 ホテルからの夕日がきれいでした。

Posted in General | 2 Comments