Monthly Archives: April 2009

大阪市立美術館「小袖展」

大阪へ出たついでに主人と待ち合わせて、大阪市立美術館の「小袖展」を見てきました。 思っていた以上に楽しめました。 古い時代の繊細な刺繍に大胆な構図・配色に、日本の民族衣装の「美」を深く感じました。 風景図や花鳥柄の洗練された美しさに感嘆するのはもとより、四角や丸の大胆な柄や色にビックリしたりで、日本人の美意識の高さ深さはさすが!とてもとても楽しめました。 市立美術館は天王寺にあり中学・高校は近かったのでよく訪れた美術館です。元住友家の住居でした。部屋数は100以上あったとか。お庭も素晴らしく、さすが住友家でした。(これは大阪あそ歩のガイドさんに聞きました) 久しぶりに訪れた天王寺公園は入場料が150円必要となっていました。が、手入れもよくされて花も綺麗に咲き誇っていい公園です。 入場料150円を取らなければいけないかどうか・・・意見がわかれるところでしょう。 ウィーンの市民公園やNYのセントラルパークは手入れもよく市民が自由にくつろげる素晴らしい公園ですが、入場料は要らない。市民も大切に誇りを持って公園を大事にしている。 さて、天王寺の場合は入場料を取らないとブルーシートでいっぱいになり、美術館にいくのが困難になるかもしれない。 難しいものだと思います。。 4月19日に春の「大阪あそ歩」が天王寺から始まりました。 主人がプロデュースしています。お金の無い大阪ゆえ極力お金を使わないようにしている主人ですから、宣伝もしていません。がキャンセル待ちの人が多くおられる。。増発を希望しておられる人が沢山おられるのでありがたいことと思っております。 19日の「天王寺、夕日燦々・・・」コースを歩きましたが、とても面白かった! 知っているつもりの天王寺界隈もほとんど知らなかった!大阪の清水寺etc. 大阪のガイドさんも楽しくてスゴイ!

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中国残留孤児

今年から中国残留孤児に日本語を教える活動に参加している。 山崎豊子「大地の子」をお読みの方はよくご存じだと思いますが、案外知らない人も多いように思います。 中国に満州という国を日本がつくり、国は農作業が必要なため満州に「土地があるから」と開拓団を送りました。 第二次世界大戦が終わりに近づき、ソビエトの参戦があり満州に攻撃が加えられ、その情報を知った日本国の軍人はいち早く逃げてしまいました。その後、開拓団の人たちは命からがら逃げましたが、親、兄弟が銃で殺されたり強姦されたり飢え死にをしていく中、奇跡的に生き延びた人たちが「中国残留孤児」となりました。 一口に「中国残留孤児」と言っても千差万別。働き手として転売された孤児たちも居れば、 養父母に自分の子供として可愛がって育てて貰った孤児もいる。けれど文革の時代にその養父母たちは日本人を助けたとしてリンチを受け身体を悪くした人も多いという。 日本が中国に犯した行為のため「小日本鬼子(シャオリーベンクィズ)」と呼ばれ虐めを受けながら、故郷日本へのおもいを募らせて辛うじて生きました。 また日本人であることを隠して結婚した人も多いようです。 日本と中国の国交が回復されたあと、政府は孤児たちの存在を知りながら何の手も差し伸べることなく10年近く放置したままでした。 ようやく日本人の親類があるだろうと思われる人たちが日本に親戚を求めて日本に面会に来たけれど、身元引受人が無いと日本人だと分かっていても日本に帰ることは許されず、また年月が経ってしまいました。 中国残留孤児が日本に帰って来れたのは平均50歳近くにもなってしまいました。 帰国してからは言葉の壁は大きく、十分な日本語教育と職業訓練もなく「日本語の勉強より働け」という政府と行政の指導のもと、良い仕事に就くことが出来ない。彼等たちが最初に覚えた言葉が「アホ・バカ・中語人」だという。 [私達は「なに人」ですか?]樋口岳大著は彼等の言葉を伝えている。 昨年、私の友人が宝塚の中国残留孤児に日本語を教える会を立ち上げた。 そのお手伝いをさせてもらって感じることは、彼等はとても真摯に一生懸命に生きている。気持のやさしい人達が多い。 せめて国交が回復した時に、彼等の受け入れを真剣にしていれば、言葉を覚えることはもっと容易だったであろうと思います。言葉は若ければ若いほど早く覚える事が出来る。 何事も後回しにするから問題が大きくなる。 「日本に住んでいるのに日本語を覚えられていないのは何故?」という疑問を持っておられる人も多いかもしれない。彼等は日本人からも差別されたために個に籠ってしまった。東北出身の人が言葉で躓いて籠ることがあるように彼等は日本語が出来ないまま籠ってしまった。一般の私達がもっと深く理解をすべきでした。実際、私は近くにこの人たちが住んでいることさえ知らずに他人ごととして受け止めていた。 戦争の大きな被害者である彼等に、もう少し暖かい援助が欲しい。戦争に行った人たちは恩給がつく。亡くなっても妻にもその権利があるのだから・・・国交を回復した後、長年放っておいた責任は大きいと思う。 大きな苦労があったにせよ、「日本に帰って来て良かった」と心安らぐ会にしたいと言う友人に、私でも役に立つのならと参加している。日本語を教えながら、彼等から多くのものを受け取らせてもらっている。一生懸命に生きてきた人たちの優しい笑顔がとてもいい。 高齢になっても勉強したいと言う気持ちがいい。 私もラジオの「毎日中国語」の勉強を始めた。 彼等の大変さが理解できる。 今日、4月7日。 彼等とボランティアと姫路城と龍野にバス旅行に出かけた。 お天気といい、気温といい素晴らしく良い中、桜が満開でとても美しくてハッピーな一日となりました。

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