Monthly Archives: August 2008

私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 78

1974年 4月 6日 シドニーからバリ島 朝6時に起きてシドニーの空港へ。昨夜に事情を話してお支払いは済ませていたが、慌てていたためにルームキィーを持って空港へ来てしまった。そんな時は、そのままポストに入れておければ良いとのことを幸治さんが知っていた(ちゃんとホテルに届けてくれる)。 慌てて来たのに、8時発の予定の飛行機が11時半まで出発が遅れて、またまた空港で時間つぶし。でもパンナム(懐かしい〜もう無いなんて・・・)はちゃんと朝食券(3ドル)をくれました。わずかの滞在になってしまったけれど、美しい街が飛行機から見えると胸がジーンとする。もう、二度とこれないだろうこの大陸。さようなら。。。途中、西オーストラリアの入り組んだ海岸とまっ青の海。白い雲。ニューギニア諸島も本当にきれい。 そしてそして、幸治さん長年の憧れのバリ島に到着。 タラップに出るとワァっとするような暑い空気。きらめく太陽。観光会社の人に連れられ一泊15ドルのホテルへ。これがまた素晴らしい〜ホテル。ジャワ風、バリ風のバンガロー風ホテル、といってもとても立派で大変に気持ちいい。もちろん各室一戸建て。南の国の楽しく贅沢な庭園。すぐ前はもちろん海。 明日の観光タクシーを約束して、すぐ海に入る。(ニースで買った水着はビキニで写真は載せられない) 人なつっこく話しかけてくるバリ島の若い人たち。乱立する椰子の木。ハワイのように近代的に整備されていないから、幸治の期待を破らなかったから、すべてが楽しい〜のです。若い数人の女性が私達の部屋へ遊びに来たいという。シャワーを貸して欲しいと。歓迎した。たどたどしい英語でしばらく話した。 夜、月光に照らされる海と雲。音の良い小さな鐘を鳴らしながら座し海に祈る数人の人達・・・あゝ 南太平洋。  

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 77

1974年 4月6日 シドニー三日目 観光バスで市内と郊外の見学をした。 シドニーのまちがはじめて分かった。内に入っていると気が付かないもので、シドニーは多くのいりくんだ入り江と丘、そして緑も多く大変に美しくチャーミングなまち。美しい砂浜や海に泳ぐ人たち・・・。公害が無いと言う海は青くうつくしく、何にもまして贅沢です。丘の上に立っていると、ここにケーブルカーを走らせたらいいナと幸治が言う。 午後、フェリーボートに乗って動物園に行く。目的はもちろんコアラとカンガルー。 この動物園はハイキングを兼ねて出来るほど広く、対岸のシドニーの街を美しくの望むことの出来る場所の良い所。 広い割りには見学者が少ない。小雨がパラついたがすぐに止み、のんびりと動物を探しながら歩く。カンガルーに草の餌をやりました。 コアラちゃんも見つけました! 夜行性でお昼寝中で少しがっかりしましたが、抱き上げたい気持ちになるほどカワイイ。(今は観光客用に抱かせてくれるそうです)   昨日に続いて自炊。 日本に帰る日まで五泊。 飛行機の都合でゆっくり出来ない。。。      

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 76

1974年 4月4日  シドニー二日目 通代睡眠不足・・・・・日本への帰る日が近づいた為か?(娘千果を抱きしめる日が近づいて興奮しているのだろうか?) 幸治さんがどうしても行きたいところがある。バリ島。第2外国語にインドネシア語を選択したという主人がとても行きたい所(その為にロンドンでコレラの予防注射騒ぎをした)。  ビザを取得する為にタクシーでインドネシア大使館におもむくと引越しをしたとかで、頭にきたが、すぐバスでカンタス航空会社へ行き、ジャワ島行きの航空券の予約をしようとした。なんと、来週の木曜日までダメだというのでビックリした。が、パンナムに土曜日に2人分の空きがあるというので予約。パンナム航空へ行ってその次の香港行きも予約する。これもまた一週間に一本しかないとかで、係員がジャカルタ経由に書き換えてくれる。 問題のインドネシア大使館へビザを要請に行く。明日は休みで月曜日までダメだと断られた。が、主人が上手に交渉して今日中に出してくれるという。バンザァ〜イ。さすが!幸治さん。 日航へ行き香港から大阪への切符の予約に行く。10日の17時ごろに大阪に着く便に決める。万々歳。 ホテルの近くを散策。スーパーで食材を買ってホテルで自炊。 久しぶりの自炊が楽しい。  

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 75

1974年 4月 3日 シドニー一日目 アジアの国で日本人の観光客から日本語を耳にして里心がつき、また遠く離れていく一抹の寂しさを味わいながら、シドニー着。厳しい入国検査だが案外すんなり通る。 空港紹介のホテルが高いので、電話で探すことに。ところが中々見つからない。二人で交代に小銭に換金してもらいに行くのが悪い気がするほど電話をかけ回す。最後にと思ってかけたところが、8ドルというアパート式ホテルが見つかる。 気候は反対の秋そのもの。大変に心地よいはずなのに、睡眠不足のためか全身ガタガタと震えるのを感じる。タクシーでキングクロスのホテルへ。 アパート式といっても素晴らしいホテルで、部屋も広く台所もついている。我が家のマンションより広いかも。。  受け付けの女性が、私にペラペラと楽しそうに話してくれる。あまり英語が出来ない旨をいうとビックリしたようだ。ボディーランゲッジは得意なんですけれど。。 とりあえず、居心地の良く安いホテルがみつかりうれしい。

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 74

1974年 4月 2日 例の屋台の店で昼食を食べてから、ヒスイの家に行く。個人の財産だそうで、ほんもののヒスイの彫刻がずらりと並べられてある。ヒスイといえば深緑だと思っていた私には、ピンク、白、茶のつやのあるヒスイをみてビックリ。胡文虎という人物のもので門にも庭にもやたら虎の置物や絵がある。 あと植物園へ。すごく暑い。歩いていると頭がガンガンするような気分。かき氷やジュースを飲んでばかりしてしまう。 植物園で大阪にもこのぐらいの緑地が欲しい、と思ったりするけれど暑さに負けてヒルトンホテルで休憩。また屋台のワンタンを食べて空港へ。かなり雑然とした空港で落ち着かない。 (今はとても近代的です)

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 73

1974年4月1日 シンガポール 幸治さんお昼頃まで寝る。子供たちの声や雑音がかえって家に居るような気分になるのかもしれない。ゆえに例のごとく起きられない。(今は朝方人間で5時ごろに目が覚めるようです)あまり愛想の良くないここの主婦(?)。完全に普通の団地の中。日本の団地とあまり違わない。 路店の食堂が並ぶ少々うすぎたない店で昼食。ラーメンとカレーとおしたし(?)。安い! 地図に従ってヒンズー教のお寺、水族館、モスクという回教寺院(ここはミニスカートは禁止なのでチラリとだけ見学)、どろぼう市で布製の大きな袋を買い、疲れ果てて他の寺院省略。シンガポール川河口のエリザベス散歩道で変なライオン魚の噴水を見た。 (これがその後有名になったマーライオン。今は別の場所に移されている)バスでマウントフェイバーへ。出来たばかりのロープウェイにのって頂上へ。夕刻のシンガポール湾、さらに海のかなたにはインドネシアの島々を観る。同じロープウェイでセントサ島へ行く。熱帯植物の生い茂る島。対岸のシンガポール湾の夜景が美しい。三大美湾と言うほどでもないとも思うけれど。。バスとタクシーを乗り継いで帰宿。 オーチャードロードの屋台の多さ。面白い。その中の一軒でラーメンのようなものと何かわからない物を食べる。スイカも食べる。   1.とにかく暑い。クタクタ。ベタベタ。見上げると太陽は頭のテッペン。 2.その所為か、随所にある屋台でオレンジジュース・マンゴジュース・椰子の実ジュース・さとうきびジュース等がぶがぶ飲む。10セント、約13円は安い。 (今の時代のようにペットボトルでお水を売っているわけではない。よくお腹をこわさなかったものだ) 3.屋台の食べ物は安くてまずまず。 でもタイの料理の方が好き。 4.タイとシンガポール、それぞれの町に極端な貧しさと極端な富。見えてしまうアジアの素顔。 5.マウントヘイバーへ行く途中で鉄道の駅で猛火事あり。3・4時間たっても治まらず、シンガポールの空にもうもうと黒煙を吐き、その後真っ赤な火で天を焦がす。この暑さもそれゆえ? 振り返って・・・その後訪れたシンガポールの変化はすさまじい。近代化されている。人種の割合に応じて大学の入学率を変化させるという。華僑が多いので、華僑への偏りにならないようにしているそうな。それぞれの国にはそれそれの問題がある。日本は人種の問題がないだけでも問題は少ない? それゆえにまた気をつけなければならないことも。。。    

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私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 72

1974年 3月31日 バンコック 二日目から シンガポール 昨日空港で予約した旅行会社が迎えに来た。大きな外車の乗用車。クーラー付き。 もう一軒のホテルに寄ってお客を迎えに行かなければならない、と言う。 そのもう一軒の迎えにいったホテルはバンコックで一番高級ホテルだという。一泊30ドルほどするらしい。 客がなかなか来ないので、運転手が「ホテル内を見せてもらったら?」と勧めてくれる。なるほど立派で豪華で格式高い。 日本人の宿泊が多いという。私たちは5ドルのマイアミホテルで十分気に入っている。マイアミホテルは白人の宿泊が多い。  このホテル宿泊の日本人二人と私達の4人でこの車でのツアー。ガイドは5年間アメリカで勉強していたという感じの良い青年。バンコックのお寺やゴールデンブッタ。リクライニングブッタ。。。バコダという空にそびえるような塔はお金持ちのお墓。日本と同じ仏教国だけれど、色彩あでやかなお墓、教会でいうならゴチック風に空へ空へと細く延びている。仏様の顔もそんな感じがする。 メコン川の水上生活の様子も特別に連れて行ってくれた。かなりボロボロの船にもテレビのアンテナがあるのに苦笑。道端でバナナを焼いて売っていた。私達は買って食べた。  夕方4時、この車で空港へ一人40バーツでというガイドとお互いに納得。 ホテルでもうすぐ日本に行くというアメリカ人夫婦に東京のホテルを紹介。日本で会えることを願う。 本当はクアラルンプールに行きたいが・・・シンガポールに直行。日本に帰国する日が近づいてきた。アジアは近いからまた来れる。。。シンガポールの後はオーストラリアに行くことに。    シンガポールに夜着いて空港でホテルを予約したが、タクシーの運転手にだまされて(?)もぐりのホテルに着く。団地の1階。 料金は予約していたホテルとおなじ20バーツ。幸治も私もすこぶる気分悪し! 振り返って・・・今になってみれば騙されて良かったのかもしれないと思う。身に危険があったわけでないし、普通の人のこの国の団地生活を見ることが出来のだから。。でも、人に騙されることはとても悔しいもの、気分の悪いものには変わりは無い。       

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