私の1974年の世界一周貧乏旅行日記 78
1974年 4月 6日 シドニーからバリ島
朝6時に起きてシドニーの空港へ。昨夜に事情を話してお支払いは済ませていたが、慌てていたためにルームキィーを持って空港へ来てしまった。そんな時は、そのままポストに入れておければ良いとのことを幸治さんが知っていた(ちゃんとホテルに届けてくれる)。 慌てて来たのに、8時発の予定の飛行機が11時半まで出発が遅れて、またまた空港で時間つぶし。でもパンナム(懐かしい〜もう無いなんて・・・)はちゃんと朝食券(3ドル)をくれました。わずかの滞在になってしまったけれど、美しい街が飛行機から見えると胸がジーンとする。もう、二度とこれないだろうこの大陸。さようなら。。。途中、西オーストラリアの入り組んだ海岸とまっ青の海。白い雲。ニューギニア諸島も本当にきれい。
そしてそして、幸治さん長年の憧れのバリ島に到着。
タラップに出るとワァっとするような暑い空気。きらめく太陽。観光会社の人に連れられ一泊15ドルのホテルへ。これがまた素晴らしい〜ホテル。ジャワ風、バリ風のバンガロー風ホテル、といってもとても立派で大変に気持ちいい。もちろん各室一戸建て。南の国の楽しく贅沢な庭園。すぐ前はもちろん海。 明日の観光タクシーを約束して、すぐ海に入る。(ニースで買った水着はビキニで写真は載せられない) 人なつっこく話しかけてくるバリ島の若い人たち。乱立する椰子の木。ハワイのように近代的に整備されていないから、幸治の期待を破らなかったから、すべてが楽しい〜のです。若い数人の女性が私達の部屋へ遊びに来たいという。シャワーを貸して欲しいと。歓迎した。たどたどしい英語でしばらく話した。
夜、月光に照らされる海と雲。音の良い小さな鐘を鳴らしながら座し海に祈る数人の人達・・・あゝ 南太平洋。
午後、フェリーボートに乗って動物園に行く。目的はもちろんコアラとカンガルー。 この動物園はハイキングを兼ねて出来るほど広く、対岸のシドニーの街を美しくの望むことの出来る場所の良い所。 広い割りには見学者が少ない。小雨がパラついたがすぐに止み、のんびりと動物を探しながら歩く。カンガルーに草の餌をやりました。 コアラちゃんも見つけました! 夜行性でお昼寝中で少しがっかりしましたが、抱き上げたい気持ちになるほどカワイイ。(今は観光客用に抱かせてくれるそうです)
問題のインドネシア大使館へビザを要請に行く。明日は休みで月曜日までダメだと断られた。が、主人が上手に交渉して今日中に出してくれるという。バンザァ〜イ。さすが!幸治さん。
地図に従ってヒンズー教のお寺、水族館、モスクという回教寺院(ここはミニスカートは禁止なのでチラリとだけ見学)、どろぼう市で布製の大きな袋を買い、疲れ果てて他の寺院省略。シンガポール川河口のエリザベス散歩道で変なライオン魚の噴水を見た。 (これがその後有名になったマーライオン。今は別の場所に移されている)バスでマウントフェイバーへ。出来たばかりのロープウェイにのって頂上へ。夕刻のシンガポール湾、さらに海のかなたにはインドネシアの島々を観る。同じロープウェイでセントサ島へ行く。熱帯植物の生い茂る島。対岸のシンガポール湾の夜景が美しい。三大美湾と言うほどでもないとも思うけれど。。バスとタクシーを乗り継いで帰宿。
このホテル宿泊の日本人二人と私達の4人でこの車でのツアー。ガイドは5年間アメリカで勉強していたという感じの良い青年。バンコックのお寺やゴールデンブッタ。リクライニングブッタ。。。バコダという空にそびえるような塔はお金持ちのお墓。日本と同じ仏教国だけれど、色彩あでやかなお墓、教会でいうならゴチック風に空へ空へと細く延びている。仏様の顔もそんな感じがする。