Monthly Archives: June 2008

私の34年前(1974年)の世界一周旅行日記 66

1974年 3月24日  ローマ四日目 洗濯物を出す。2000リラとはおったまげた。驚いた! アメリカの10倍。 それでもマァ疲れている身、セルフサービスでもないし仕方ない。 さてさて、買い物。ラテン系民族独特の長い長い昼休みの為、イライラさせられる。(これが日本人の悪いところ・・・今ならそう思う)3時すぎ、店が開き始めスペイン広場の近くのコンドッティという繁華街通りの高級洋装店(言葉が古い!)<なんたってソフィヤローレン等のスターが買っている店>で黒いパンタロンスーツを買う。39000リラ!高いけれど思い切る。ハイヒールとそれに合わせたバッグも買ってもらう。更にデニムのロングスカートも買ってくれました。私のばかりでうれしいやら、申し訳ないやら・・・。      

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私の34年前(1974年)の世界一周旅行日記 65

1974年 3月25日 ローマ三日目 日曜日ですべてのお店がお休みなので、ぶらぶらと一日を市内見学ですごす。それにつけても歴史がそのままにあるまち。 トレビの噴水。スペイン広場。  また食べたスカンピンカラマワリ。スープ、ストラッチェテラ・アラ・ロマーナは絶品。     振り返って : 疲れているのか日記もよく分からない。 イタリア、ローマは水が飲める。日本にいると当たり前のことが新鮮に感じる(ちなみにパリでは水よりワインの方が安いくらい)。イタリアの人たちは愛想がいいし、髪の毛も黒いし、背丈も私達とあまり変わらないから親しみやすいし、食べ物が特においしい。 イタリア人はローマより北と南では性格が全然違うように感じた。       この前日にようやくパリからの写真を受け取ることができたのは何よりうれしい。日本でつつましやかな生活をしていた私達には、カラーフィルムを沢山買う余裕も気持ちもなかった。デジカメのいまの時代では考えられない。 イタリア人は「絵」になる人が多い。決して裕福ではない庶民がオシャレ。女性のみならず男性もオシャレ上手で気持ちいい。オシャレをする人は姿勢の良さにつながっていることに気がつく。建物のシックさと似合う。      

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写真の練習

後ろがバッキンガム    コロッセオ   フォロロマーノ写真    

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私の34年前(1974年)の世界一周旅行日記 64

1974年 3月23日  ローマ二日目 中央郵便局でフランスからマドリード、そこからローマへと転送された「写真」を受け取ることが出来た! その費用30000リラとは痛い!が、念願の写真をついに手に入れることが出来た。お金には換えることが出来ない。 北欧からドイツ、マアマア良く写っている。 ヨカッタ! (パリ、マドリード、ローマとさまよいながら、よく無事に手に入ったものです) 一世紀の建物だというパンテオンに行く。大ドームの天井に開いた窓から光がもれ、その威厳たるや2千年後の今日でも全く損なわれていない。テレべ川を越えて聖アンジェロ城を右にみながらバチカンに着く。サンピエトロ寺院の豪華・絢爛たる建物内装はキリスト教カソリックの強さを改めて知ることが出来る。 ミケランジェロの作品(嘆きのピエタ)を見ることが出来る。ミケランジェロが天才と言われるのは芸術の能力だけでないが、それでもすごい! この教会と博物館で一つの国、バチカン市国。世界で一番小さなこの国の法王は世界で大きな力を持つことを実感する。 バチカン市国のコインを買ってバチカン博物館へ行く。なんと案内書には2時までと書かれていたのに一時で閉館で、入れてもらえなかった。ふうふういいながらたどり着いたのにくやしい。 (またの機会に) テレベ川づたいに3キロ、ぺスタの神殿に着く。そして古代の遺跡を目の当たりに見ることの出来るフォロロマーノ。2千年近く前の石柱に触れることの出来る。あたり一面に無造作に放っっぽってあるように思える多くの遺跡が不思議に心をふるわせてくれる。歴史学者になったよううな気分にさせてくれる。ローマならではのフォロロマーノの遺跡群。 すぐ隣にはコロッセオ。むかし、剣術者たちの命をかけた戦いの場所。そして、キリスト教徒の迫害の見せしめの場としてライオンと戦わせたところ。なんとなく血の臭いを残しているような古いそれでいて立派な競技場。十字架に殉教した人々の冥福を祈った。 カラカラ浴場跡はのどかな春の日を浴びていた。どういう訳観光客が居ない。のんびりひと休み。 「すべての道はローマに通ず」といわれたアッピア街道は、なせか少し京都の雰囲気を感じる。 約3キロ、足の痛みを感じながらふうふう言ってサンスクリットのカタコンベに到着。 案内人に付いて地下にもぐる。その昔、キリスト教徒たちが迫害され地下にもぐった。そのすさまじいまでの気力でつくられたこの地下壕は17kmに及び、案内人が居なければ、とても外には出られないほど迷路になっている。そして死体置き場等があり遺骨がそのままある。その不気味な暗さは旋律を覚える。生きるために地下壕を掘って共同生活をした人たちの宗教の強さというのか、気力のすさまじさは創造を絶する。そしてその人たちは神のもとに召された。。。地上に出て風と光(夕刻ではあるけれど)にホッとする。修道女が歌を歌いながら花を摘んでいた。カタコンベの人たちの魂に捧げるのでしょう。 私は疲れてフラフラ・・・バスに乗って帰途につく。 なんとバスは後ろに立つと無料になるとか(私は無理で座る)。 夕食は例のスカンピンカラマリを食べる。イカとエビと小魚を油で揚げてある。オイシイ。  

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写真の練習

 どうなるかな? 

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2008年6月、尾瀬を楽しんできました。 2  

山小屋の朝は早い。6時10分に朝食。しっかり食べて用もたして今日の予定の15キロを歩く心構えをした(昨日とは違い平坦な道らしい)。 昨夜、主人から筋肉痛に効く塗り薬を塗るように勧められたおかげか、足の痛みも無い。長蔵小屋のシラネムラサキに別れを告げて尾瀬沼浅湖湿原を歩く。水芭蕉とはすっかり馴染みになりました。沼尻平小屋で暖かいコーヒーを飲み歩を進める。白砂峠はかなりの残雪がある。雪が固くなり滑りやすい。そこを抜けると見晴。十字路。6つほどの山小屋がある。ヨッピ吊り橋が修繕中で尾瀬ヶ原大湿原に入り竜宮小屋に向かう。もう水芭蕉の多さには驚かなくなっているものの、広大な湿原と遠方の山々。ダテカンバの木々。新緑のブナ林。 手つかずの大自然の美しさにもう感激この上なし!「あ〜好きだぁ。この自然をよく残してくれたものだ!」 と思わず口に出る。当然、民家は一軒も無い。人は木道の上だけをそっと遠慮気味に歩くだけ・・・「最近見た自然の景色のなかで一番好きかもしれない・・・」と思う。 雄大な風景の中、白い水芭蕉に黄色のリュウキンカ、白いミツガシワが咲き、まだ咲いている山桜。野の花、ピンクのショウジョウバカマ、水色のタテヤマリンドウ、暗紫褐色のザゼンソウを見つけた時のうれしさは、長時間の歩くつらさを超える。竜宮小屋。 昨日に比べて距離は長いけれど平坦な木道が続く、右足に痛みを覚え始め、主人から痛み止めの飲み薬を貰う。 私がニュースで見た尾瀬の木道はこの辺りで撮影されたのだろうな〜と思う。散歩道風だもの・・・だけど、しんどい思いをしたからこの景色を観る喜びが違う〜・・。 山の鼻小屋、至仏山荘、尾瀬ロッジの休憩所。この辺りにも水芭蕉が咲いている。 ここから最後の鳩待峠までは一時間半ほどの上り木道。 途中、へばってしまっているおじいさんが若者二人とおばあさんに支えられながらボチボチ歩いている。 私のリュックには私の雨具が入っているだけで全部主人のリュックに荷物を入れている。いつもフル装備する主人のリュックはかなり重い。私が担げる重さではないからおじいさんのお手伝いをすることが出来ず、気になりながらも予定通り鳩待峠に着く。鳩待小屋は大きな山小屋でおみやげ物等置いている。観光客も多く観光バスが沢山着いている。 片品村は素通りされるだけなんだ・・・。観光バスで来てチョイスされたところだけを見て帰る人が多いのだ。 日本中、ほとんどがそうなってしまっている・・・。ある意味尾瀬の自然の為にはその方がいい。この鳩待峠からはバスがピストンで片品村に行く。私達がバスに乗ってしばらくしたら、雨がザーと降ってきた。 なんとお天気に恵まれたことか!感謝。 (おじいさんはどうしているだろう・・・) 服を着替えて一路水上温泉の先、猿ガ京温泉に向かう。 今夜の宿、生寿苑は古民家を移築して30年前に造られた素晴らしい旅館。豪華というより古民家風なこんな旅館に泊まりたいと思っていた。部屋が二間続きの和室で掘り炬燵もある。また、温泉がいい。露天風呂だけでなく室内の湯船も大小の石が詰まっている。少しのぬめりもないから不思議。 翌日は金沢へ。何度も行っている金沢ですが、東の色街は若者が喜びそう。近代美術館で近代アートを観る。夜は香林坊で私の誕生日を祝う。  翌日、小松にあるご先祖さまのお墓参りをして旅をしめくくる。 なんと素晴らしい旅であったことか! お天気に恵まれ、風邪も何とか悪くならなかった。神さま、仏さま、ご先祖さまに感謝。 企画し、手配、一人で運転してくれた主人に感謝。 ありがとうごさいました。  (後日談ですが、元気で帰宅しそのあと5日後また風邪をひき珍しく38度を超える熱が出た!  

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2008年6月、尾瀬を楽しんできました。 

○○歳の誕生日祝い?で、主人の運転で草津温泉、尾瀬(長蔵小屋)、水上温泉(猿ガ京温泉)、金沢の4泊を楽しんできました。 旅の前日まで風邪をひき、少々心配しながらの旅行一日目は善光寺から草津温泉。  「牛に引かれて善光寺参り・・・」一度は訪ねたいお寺。死んだら次の世界(六道)へ行くまで取り敢えずこのお寺に預けられる??そうな。 草津温泉には夕刻に着いた。雨が冷たく、女将さんが「寒かったでしょう」と部屋に暖房をいれてくださっていた。 熱めのお湯に入りづらく感じたが、慣れてくるといいお湯に気分すっきり!    翌朝、♪草津よいとこ、一度はおいで・・・の湯畑等を散策。 さすがに立派な温泉地です。車で回ると高原の雰囲気は、軽井沢に似ているように感じられる。 車をとばして、 尾瀬の入り口の片品村へ。個人の車は預けなければならない。尾瀬という大ブランドを持つ割には活気が無い。お弁当を買うにも無い。何故? お店の人が舞茸入りのおにぎりを3つ作ってくれた。バスで大清水登山口へ。私達を含めてたったの5人? 水芭蕉の季節なのに?  パラパラと雨が降っていたけれど、歩き始めると雨が止む。雨を覚悟なのに何というしあわせ。。  歩き始めるとずーと二人。何故?  一時間ほど歩くと一ノ瀬山小屋。コンニャクの田楽とお蕎麦を注文しておにぎりを食べる。山小屋のご夫婦(?)が山菜の漬物を出してくださるのがメチャ美味しい。お蕎麦も田楽も美味。 主人と尾瀬に入ってから出会う花を写真に撮ることにする。 山小屋を過ぎると結構な山登りになる。 そのうち残雪に出会い最初のうちは喜んでいたけれど、三平峠あたりになると結構な残雪の量にびっくり。私の前の登山靴は劣化したので真新しいものを用意していた。その威力は安心感に。ストックはバランスに欠かせない。 今まで尾瀬のイメージは平らな湿地に木道が続き、散歩のような景色しか頭になかったのでただただ「尾瀬はあなどれない」と思う。 7キロほど歩くと急に尾瀬沼が目に入ってくる。その後ろにヒウチが岳。そして、真っ白い花の精、雪の化身「水芭蕉」に出会う。 何という清楚で可憐で美しいことか・・・もう、うれしくてうれしくて〜。そのうち水芭蕉が一面に咲いている景色が! 4時頃に平野正蔵が建てた「長蔵小屋」に着く。別のルートからでしょか、それとも私達の時間帯がおそかったのでしょうか、小屋にはけっこう多くの泊り客があり混んでいたのに私達は二人で一部屋を与えていただいた。やぐら炬燵がある。  私は大昔(?)、主人と槍が岳に登った時以来の山小屋。石鹸は使ってはならない。トイレは温水便器で驚いたが、紙を流してはならない。みんなで守らないとこの自然はすぐに壊れてしまう。  

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私の34年前(1974年)の世界一周旅行日記 63

1974年 3月22日 フィレンツェからローマ 私が日本を発って2ケ月になった。毎日が旅。気がかりはやはり日本に置いてきた娘のこと。どうしているだろう?元気でいるだろうか?機嫌良く遊んでいるだろうか? 預かってくれている父、母は? 妹は? ・・・  フィレンツェからローマへ列車で向かう。 いよいよローマ。 この列車のたびでは、ミュンヘンからベニスにむかって出会ったイタリア人夫妻。顔を真っ赤にしてテレながら話しかけてきた学生達。ベニスからフローレンスへの変で親切なSASのパイロット。フローレンスからピサへのセールスマン。そしてフィレンツェからローマへは子供連れの夫婦。お喋り好きなイタリア人との列車のたびは結構楽しい。(言葉が出来ないので、多少疲れもするけれど)  ローマはテルミニ駅。「終着駅」の映画でご存知申し上げていた。 呼び込みに誘われるまま一泊4000リラのペンションPMILIAに決める。 早速、スペイン広場へ。「ローマ」は思っていた以上に雰囲気の素晴らしい「ローマ」です。そして、映画「ローマの休日」のスペイン広場。可愛く、うつくしく、気品高いオードリ・ヘプパーンを思い出す。階段で多くの旅人が座ってのんびりくつろいでいる。 トレビの泉では「後ろ向きでコインを投げ入れるとまたローマに来ることが出来る」を信じて二人で入れました。  街の建物そのものがもう信じがたい歴史を感じます。そしてイタリア人のセンスの良さを痛感します。 通代疲れてダウン。 幸治は150円のワインでご機嫌。 振り返って: 毎日、毎日旅を続けてかなり疲れてきている。娘のことも気がかり。この旅の20年近く後、子供達をつれてヨーロッパに来たときは、ローマから入ってから北へ鉄道の旅をした。 空港からローマの街に入って行く時、子供達が「わぁ〜映画のセットに入っていくみたい〜」と思わず口に出た。ローマの人たちはその歴史の街の中でセンスよく生きている。ちょっとしたブティックのウィンドゥの飾り付けをしている店員さんのセンスの良さにびっくりした。安いペンションの電灯も素敵でした。イタリア人のセンスの良さは「普通」というレベルが高いから DNAに組み込まれていくのでしょうか?    それにつけても34年前は若かった!体力がありました!(笑)                                                                                       

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