私の33年前(1974年)の世界一周旅行日記 43
1974年 3月2日 パリからリスボンへ
現像に出していたフィルム(私がカメラをよく落とすのでガタガタになってしまい、中の写真が心配になりカメラ屋さんに出した)が朝の9時に出来上がるはずだった。 幸治さんがカメラ屋さんにいくと、なんと全裸の女性の写真ばかりが数枚入っていた。それもポルノばりのもので美しい女性だったとか。。。でも、私達の今までの写真が要る!! 時間がないし仕方ないから、日数的にマドリードの中央郵便局へ送ってもらう事にしたそうだ。(主人にはちょっと勿体無かったかも) どうか神さま、届きますようお願いします。。。
ORLY飛行場にあわただしい気持ちで着き、あわただしく搭乗させられた割には出発が随分遅れる。 あゝ フランス。 芸術の薫り高きスローテンポな国よ。 このテンポが芸術を生むのだろう。。。窓から見えた街は昨日の雪がうっすらとして別れにふさわしいパリ。 さようならパリ。 何だかんだとあったパリだけれど別れは淋しい。
そして、ポルトガル、リスボン。小さな田舎の空港。 海のある美しい街。昔、世界の覇者だった国。 久しぶりにかいだ南の国の香りは何とはなしにウキウキした気分にさせてくれる。 なのになのに、タクシーでの失敗。空港から料金21エスクードのところを100エスクードの札しかないので渡したら、お釣りをくれずまんまと取られて逃げられた!あゝ無念。くやしい。こころすべし・・・。その悔しさの反動で安宿を探す。一泊120EX(4.68ドル)のペンションを見つける! これがかっての豪邸を分細したものか、エレベーターと言い、天井と言い、なんと古典的で立派。アイアンレースだけのスケスケで中が見えるエレベーターが建物の中央にあり、フランス映画で見たシーンを思い出して感激。
モザイク模様の美しいりベルターデ通りを経てレスタウラドレス広場からロシオに行く。久しぶりの何ともいえない庶民的な雑踏は暖かさも手伝って心が弾む。 ふとエビ・カニ等がぶら下げられている倉庫風なレストランに入る。よくよく見れば吊られているエビ・カニ等はみんな生きていて手・足を動かしている。それも、グロテスクな大きさであります。 小エビをお皿いっぱいに持ってこられて、ビールを飲んで、パンとバターでなんと189EX。それにチップで200EXもついてしまいました。けれど、けれど久しぶりのエビの味。海の味はおいしいのであります。(それでも7.8ドル) 隣のテーブルのカップルが顔を合わせると笑いかけてくれるのも、ここポルトガル。ロンドンやパリではありませんでした。そのカップルが私達に得体のしれないカエルの丸煮のようなものの足をちぎって差し出してくださる。おゝオブリガード! オイシイ。。
振り返って・・・リスボンは好きになりそうな気配をすぐに感じました。 前世(?)のラテンの血が騒ぐのでしょうか? 一日の生活費が安くなってきた喜びとあたたかさが心を開放してくれました。食べ物は海のものがフンダンにありおいしい。日本人の口に良く合います。
広い! 外観は拍子抜けするほど、特別にどうってことない普通っぽい感じのする建物と感じたんだけれど、中に入ってさすが、さすがベルサイユ宮殿! とフランス王朝時代の豪華絢爛たる様は想像していた通り・・・。金ピカ、ピカなのに下品とは違う、「絢爛豪華!」。。ブルボン王朝の絶対権力のすごさを思い知ることが出来る。 ルイ16世・マリーアントワネットもここで過ごしたのだ! 特に印象が強いのは「鏡の回廊」とよばれている広間。豪華なシャンデリアがズラリと下がっている。 それでも「鏡の回廊」と名付けられたほど、一面に張られた鏡は当時は大変高価で権力を象徴するため貼られたのだろう。 (太陽の王の死に方、イタリアからルイ14世に送られた像の設置について、 マリーアントワネットの当時のトイレと香水・・・。胸をはだけた服と肺炎・・・。剣とハットの貸衣装・・・)等々のエピソードを幸治に通訳してもう。 広いルネッサンス庭園。人口的な幾何学模様の木の刈り方はチョット不思議な感じがする。。