Monthly Archives: March 2007

私の33年前(1974年)の世界一周旅行日記 39

1974年 2月26日 パリ4日目 幸治はダウン気味。疲れが溜まっているのだろう。。。 日本に書き溜めた絵葉書を送るため、切手を買いに近くの郵便局を探し求めて行った。ビックリ、ビックリ。 絵葉書を一枚一枚計りに乗せて重さを量ってみたり、機械の値段でガチャンと貼る。 「NON」と言って切手を貼るジェスチャーをして「stamps please」と言うと、切手を貼ってくれるのだが、一枚一枚値段が違う。「ALL  SAME  SIZE。 ALL  FOR  JAPAN。 ALL  AIR  MAIL」と大きな声で言うと、絵葉書をじっと見て絵葉書の切手をはがして破った!次々に破ろうろする。「エッー!」と思わず口に出てその女性から絵葉書を取り戻した。本当にびっくりした。!  遊覧船に乗りセーヌ川を行く。。。川沿いでも若いカップルが抱き合ってキスをしているのを多くみかけた。 今までの国でこんなにオープンに情熱的に人目を気にしないで、そこかしこで抱き合ってキスをしているのは 「パリ!」が初めて。さすが恋の都です。  セーヌはゆったり流れる。。。  サンノーレ通りで有名オートクチュールの店々を見て歩く。 ビックリするような高値。 私には縁がなさそう。。想像していたほど立派な構えではない。(中に入った訳ではないから、外からの感じだけ) 今、振り返って・・・郵便局での出来事がショックだったのか、その時のことはとても鮮明に覚えているのですが、セーヌ川の遊覧船のことは日記にもあまり書いていないし、覚えていない。主人が風邪を引いていたためかもしれない。。。10数年後、セーヌ川遊覧船は夜のディナーとバンド付きで豪華でした。主人と軽くダンス?を踊りました。その時のことは印象深く残っているのですが。。 33年前の若かった私は、切手を破ったことにショックを受けました。たまたま彼女が切手を破っただけなのかというと、あとにもいいろいろビックリすることがありました。 が、ラテン系民族は小さなことに拘らないところもあり、芸術を楽しむ・食べ物のおいしさを楽しむ・恋をおおらかに楽しむ等々はラテン系特有の「すごさ」があります。。感服です。(もちろん、切手を破くのは今も問題だと思っておりますよ)    ちなみにラテン系の人の頭脳といえば、とても優秀な人が多い。 白人だから、黒人だから、黄色人だから・・・という区分けはナンセンスであることを、現代の私達は学びました(性格の違いはあっても)。 だからこそ人種や国を越えて仲良く共存できないものでしょうか?    

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行日記 38

1974年 2月25日 パリ三日目 セーヌ川中洲のシティ地区の観光をする。 最初に実存主義たちのたまり場で有名になったサンジェルマンデプレ教会。パリ最古の橋ボンヌフ。最高裁判所と革命ゆかりの深いコンシェルジェリ。シテ島を離れてサンジャックの搭。バスチーユ広場を経て再びシテへ。  ノートルダム寺院・・・387段のラセン階段をふうふう登ると眼下にセーヌ、遠くにエッフェル搭・モンマルトルを望む。 パリの景色! 「せむし男」でしられたシメールの奇怪な像が不思議な気分にさせてくれて印象的。このラセン階段を登って屋上に出る観光客は少ないと思う。387段の階段を降りてまたセーヌ川を渡りクリュニ修道院の前からカルチェラタンへ。 ソルボンヌ大学正門のモンテーニュの像に挨拶をしてパンテオン、そしてサン・テティエンヌ デュモン。リュクサンプール公園で一休み。 サン シュルビース教会を経てホテルヘ。 休憩後、モンマルトルヘ地下鉄でサクレクール寺院行く。テルドル広場で似顔絵を描いている絵描きたちをたっぷり楽しむ。  地下鉄で再びホテルへ戻る。 幸治は風邪をひいてノドを痛めてダウン。 振返って・・・日記は主人が風邪の為か、淡々と書いていて分かりにくい。  パリはセーヌ川の流れに沿って整った魅力的な街。 都市に川や湖、海、山など自然があるのは美しく心が癒されだけでなく、だからこそ都市の活力も生まれるようにも思います。 ( NY・マンハッタンは川の中洲の街。ロンドンのテームズ川)  パリの建物は当時はそれほど高くない。シャンデリーゼ等は高さが決められていて整然とした都市の美しさ。  お洒落なパリの女性たちの服装はベーシックで黒・白・グレーが主であったと記憶しています。  。  パリは街自体の変化は少ないけれど、訪れる時どきに違う顔をみせてくれるように思うのは私自信が変化しているのかもしれない。33年前の泊まったホテルは安いことを優先させた為か、シャワーのお湯がぬるくてチョロチョロとしか出なかった事、ベッドが堅くチクチク痛くて(中にワラのようなものが入っていた)で困った事を今でも覚えている。。。フランスの観光客の多さは国民との比較においても大変多い。 観光の専門家である主人から得た耳学問の一つ・・・観光客の多さは都市に素晴らしい恵みを与えてくれる。観光産業(ホテルや飲食店、お土産もの)の利益や交通関係、ホテル等々に働く従業員の就労の良さだけでなく、消費税(日本に比べて高い)を落としてくれる。しかも観光客には教育義務や年金等々の老後の面倒をみなくてもよい。コンスタントに多く来てくれるほどばありがたい。しかも、日本人は高価なブランド品をいっぱい買ってくれる! (私はゴリゴリ擂る木製の胡椒すりとお揃い塩の容器を買いました。今も健在です)  

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行日記 37

1974年 2月24日 パリ2日目 朝から大忙し。日曜日なので無料だというルーブル美術館へ行く。 あるわ、あるわ名作がずらりと陳列されている。一つ一つ丁寧に観ていくと何日あっても大変だろう。私達は自分の見たい作品を集中的に見ることにした。 [ミロのビーナス]日本に来たときは長蛇の列が出来、ゆっくり観る事は出来なかった。この像は本物ですよね・・・写真を撮るのもOK。前から横から後からじっくりゆっくり見ることが出来るなんて。。。[おちぼひろい][晩鐘]等々・・・目の高さ、近くでゆっくり見ることが出来る。有名な絵のなかでひと際目立っている[モナリザ]は特別警備装置がされていて人々の関心も多い。あの微笑は・・・? 多くの気になる作品を見て、勿体無いがあとはさっさと斜め見をして広い館内を足早に出る。 オペラ座近くまで行き数々の有名な建物をみてトラファルガー広場にやってくる。が期待の「蚤の市」はやっていないのでガッカリ。 ナポレオンの搭が高い。またナポレオンが建てたマドレーヌ大寺院は幸治さんのお気に入り。 シャンデリーゼで昼食。昨日のオムレツの味が忘れられない。かわいいレストランに入りメニューを見たら、オムレツの種類の多さにビックリ。近くの席の大学生風の男の子達3人に「メニューを英語に訳して?」と頼んだのだけれど(一生懸命に努力してくれるのだが)全く英語が解らない。「メルシー」と言い笑顔で礼をしてから適当に注文した。やはりおいし〜い。おいし〜い。  パリに来てから感じた事の一つ、「フランス人一般は英語は出来るがプライドが高くフランス語しか喋らない」というのは否!  彼らは意地悪でもないし、頭を抱えて考えてくれたが英語が出来ない。逆にそれほどフランス語に誇りを持っているから、学ぼうとする人が少ないのかもしれない。(偉そうに書いている私は英語がダメなのは単に勉強嫌いだっただけのこと) チェルニー公園にあるルーブル美術館別館(現オルセー美術館)に足を運ぶ。 すごい!すごい!近代印象派のセザンヌ・ゴッホ・ルノアール・モネ・マネ・ゴーギャン・ドガ等々の作品が処狭しと並んでいる。ウソでしょう?と言いたくなるほど見事に見事に集まっているのです。特にゴーギャンの一連のタヒチの作品、ドガの踊り子の数の多さ!ここにこんなに集めなくても!と悔しささえ覚えるほどありました。ず〜とここに居たいと思うほどでした。。 ナポレオンがつくったといわれるエトワール・凱旋門。彫刻がすばらしい。登ろうと思ったが、ひとり3フランというので止める。エッフェル搭まで歩き、斜めに登るエレベーターに乗って2階へ。一人7フランは高すぎるが、風の吹きさらしの2階はかなり遠くモンマルトルの丘から周囲の新しい建物群まで良く見える。パリの古さと新しさがよくわかる。なかなか良かった。   2フランで屋台の焼き栗を買った。美味。  ロダン館へも行ってみた。案内書と違い5時を過ぎているというので閉まっていた。またにする。 帰りにお店で、エスカルゴ、ハム、サラダ等とVINを買い夕食。 よく歩き疲れたぁ。  

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行日記 36

1974年 2月23日 ブリュセルからパリ 空港行きの電車ひとり50BF(ベルギーフラン)だと聞いていたのに、60BFもした。少し余裕があたから良かったもののわずかなことでドルを換金しなければならないハメになるところだった。 空港で日本へ電話しようとしたが、昨日に続いて英語の説明がない。5BFを損してしまう。どうして英語のインフォメーションが無いのだろう? 空港だというのに?   そして、そして、いよいよ 〔パリ〕 に入って来ました! 花の都・パリ! 芸術の都・パリ! まだ期待ばかりで実感は無いけれど、素晴らしい大都会であることが肌で感じるような気がする。雑踏の音も違う。。 ホテル探しに一苦労。 日本からの案内書ではホテルは☆☆で15〜20フランと書かれてあったので随分ホテルを当たってみたが60フラン以上で安いのが見つからない。根負け気味でホテルボンマルシェに。一週間滞在するということで1日45フランで手を打つ。(英語の通じるようなホテルではない。メモに値段を書いてもらう。私達はそれに×をして安い値段を書く。ホテル側はそれに×をして前よりやや安い値段を書く。私達はまたそれに×をして前よりやや高い値段を入れる。・・それの繰り返しでほぼ真ん中くらいに決まる。英語が通じなくなってから始めた知恵) かなり大きなショッピング街が近いし人通りも多い。清潔な感じがいい。 夕食にビヤホールのようなところに入って食べたオムレツのすばらしく美味しかったこと! さすがフランス・パリ! トレビアン! この微妙な味!おいし〜い。 ホテル周りを散策するが、パリの本格的な散策は明日から!  

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