Monthly Archives: October 2006

「長崎さるく博06」閉幕

10月29日、主人がコーディネートプロデュサーとして2年10ケ月携わった[長崎さるく博06]が閉幕。私も29日に長崎入りをした。空港バスで新地で降り、チンチン電車に乗り換えてホテルまで行こうとしたら、多くの観光客が電車の停留所で並んでいる。たぶん出島、中華街をさるかれておられたのでしょう。 ありがたいと感謝する。 ホテルで忙しいはずの主人が迎えてくれた。「僕の仕事はもう終わった。君と閉会式を見守るだけだから、今日は君とずーとお付き合いするよ」    事務局へ寄ってから閉会式の行われるブリックホールへ行く。 みなさんが準備中なので、邪魔しないようにしていた。ホールの一番後の席に二人で並んで座った。「閉会式にあなたは挨拶もしなくていいの?」「僕の名前すら出さないようにして貰っている。僕の気持ちはブログに書いてあるからいい」「あなたらしくていいね」 高校生の吹奏楽の演奏・市民の踊り等の演技に続いて春から今日までの「長崎さるく博06」の映像を含め数人のガイドさんが演出的に出てこられる。映像を見ながら、主人の頬に涙が流れる。私にも涙が・・・良かったね。お引き受けした時から、自分の集大成にすると言っていた博覧会がこんなにも多くの人に喜んでいただけて。。長崎の素晴らしい町と人に出会えてよかったね。 この仕事をお引き受けすると主人が私に言った時、長年博覧会のプロデューサーとしての仕事を見てきた私としては正直な気持ちとして、また主人が体力と気力の限界に挑戦するであろう事に動揺しました。それほど博覧会のプロデュサーは過酷な仕事。けれど、集大成にしたいという主人の気持ちを応援するしかない。主人ならきっときっと素晴らしい博覧会をするだろう。。ワシントンDCに住んでいる娘が私のブログに「長崎は囲い込みの博覧会はダメなようですね。そういうところを分かって父上に白羽の矢をたてた長崎のお役所もすごい!」と娘ならではのエールを書いてくれた。。主人の最後の博覧会を自分の思う方法ー市民皆で作り上げる、事が出来て、みんなが喜ぶ結果を出せてよかった。長崎という素晴らしい町と人があなたの熱い思いと一つになって「長崎さるく博06」が出来た。そして、「知の蓄積」の町が未来へと続いていく。本当に良かった!   閉会式最後まで茶谷幸治という名前を出さない。ということになっていたのに、最後の最後で「コーデネートプロデューサー茶谷幸治さん舞台へ上がってください」 「約束が違う」と慌てる主人を事務局の方が引っ張り出された。そして私までもがひっぱり出される。舞台に上がって皆さんの拍手と大きな花束をいただいた主人の横に戸惑う私。もうびっくりでした。後で中尾知徳さんが「茶谷さんにバレない様にするのに苦労しました」と。 すべて、すべてありがたいことだと感謝しています。 閉会式の後、兵庫の中本君(さるく全コース制覇)とその友人達と写真に納まる。彼らの熱心さに脱帽する。 博覧会の閉会式の後はいつもお店が閉まっていてひもじい思いをしたけれど、長崎はちゃんとお店がいっぱい開いていた。 二人で乾杯!おめでとう! おいしい魚料理を堪能する。こんなに幸せな日を迎えられて最高! 東京に住む娘が「長崎のまちはそれが持つ歴史のせいか、どこかミステリアスで、また時代を重ねて人々が織り成してきた繊細で独特な風趣にあふれていました。きっと訪れる度に新鮮な感覚があるのでしょうね。観光中、現地の皆さんはいきいきと輝いておられ私も元気をいただきました」と。 本当に長崎のみなさんありがとうございました。これほどの町と多くの素晴らしい人達に巡り会うことは、この先無いでしょう。ありがとうございました。        

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年 2月1日  NY  グレイハウンドのバスで朝のニューヨークに着く。世界一の都会。慌しく急ぎ足の会社勤めの人々。。。 まず、今のところ世界一の高さを誇るエンパイヤステートビルディングに登る。エレベーターは途中で乗り換える。 快晴。望遠鏡で自由の女神も、国連ビル、沖ゆく船などよく見える。キングコングの映画の一場面(美女を手のひらに乗せて)のポスターが目を引く。エンパイヤステートビルを降りて街を歩いても、 睡眠不足でグロッキー気味の通代サンは林立する高層ビルにあまり感激なし。   とにかくコリンウッドホテルを見つけ一休みする。 午後、市内を散策する。幸治は二度目のNY。 五番街、ウォール街、タイムズスクエァー、ブロードウェイ等を案内してくれる。着いた時にあまり感激のなかった高層ビルはよく見ると古く思っていた以上に落ち着いていて愛嬌がありいい感じ。 五番街のファッションもいかにも生活感があり、東京・大阪の派手さは無いし心安まる感じがする。  ただし、ウロウロする気味悪い男、浮浪者も沢山いる。 夜、ブロードウェイの46st劇場で〈パジャマゲーム〉というミュージカルを観る。英語が解らなくても非常に楽しい。歌と踊りのうまさはさすがだ。すごい!これがブロードウェイのミュージカルなんだ!とただただ感激する。  (非常に有名なミュージカルを主人が私の為に選んでくれたことを後に知る)  

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月31日 ナイヤガラの滝 幸治記 曇り、雨。そして晴れ。ちらちら雪。 すばらしいナイヤガラフォールズ。水煙り。 それはそれは人間の力をあざ笑う自然の芸術!  ウソはいわない。 本当にいい。 舞い上がる水煙!! これから NY CITY へ。 また車中一泊。 通代記 とにかくすばらしい。水煙りが舞い上がる様は温泉が湧き出しているようだ。 日が当たると虹(綺麗だった)。水しぶきでびしょ濡れになる。少しの雪。だくだくとした流れ。落下の爆発。天候による色の変化。  滝は山の上の方から落ちてくるものばかり思っていたのに、なんと平地から下へ、、水煙りの為、滝の落下手点見えず。水の爆音。   エレベーターを降りて行く。一人75セント払うと長靴と大きな合羽を身に着けさせられて滝裏へ行く事ができる。轟音がワァーーぁー。観光客は私達の他は一人だけ(こんな季節に来る人は変?)。ドイツ人でワーナーブラザーズの社員だとか。ハンブルグで電話すると約束をした。 滝裏のたった三人。不思議なナイヤガラの滝裏とその一幕。 絵葉書あちこちじゃかすか出す。 すごい水煙。寒い!           ナイヤガラ滝の裏。幸治と。 

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月30日    ナイヤガラの滝    幸治記 通代がよく頑張ってくれた。2泊車中でアルバカーキー経由。シカゴ飛行機乗り継ぎでバッファロー。再びニューヨーク州。 空港からバスでうまい具合にカナダ側のナイヤガラへ。 PAN-O-RAMA HOTERU 18ドルでまず一息。 ナイヤガラ、夜のイルミネーション—-BEAUTIFUL!!                                          美しい。 本当に。 誰がこれをつまらないというんだろう。                      幻想的。 ここ 新婚旅行のメッカとか。

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年 1月29日 グランドキャニオンにやって来た。 想像していた通り、そのとおり、あまりに壮大であまりにも静寂。世の中のすべてのものが動きを停止したようにさえおもう。自然の偉大さ・時間の無限・・・月並みな言葉だけれど人間が小さくみえる。はかない人間の一生の時間を痛感する。だからこそ、しっかり生きようと思う。。人々が今なお憎しみあい殺しあっているのが憐れ。 雪に覆われているかと思っていたけれど、層が幾重にも重なっている地肌は処によってはより赤く、また日光・陰によって変化する様はうつくしい。食べ物を探しに来ていたリスが私の手からポテトチップを食べてくれたことがうれしくてしかたない。千果が居れば喜ぶだろうとまた思う。 雪の上には人間でない足跡がいくつもある。 観光地だからこそ、立派なレストランで安くて食べることが出来るアメリカ(日本とここが違う)。 来て良かった! この雄大な見渡す限りの断層の世界。

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月28日 幸治記 サンディエゴからロス(飛行機)。そして再びグレイハウンドでグランドキャニオンへ向う。 通代とはじめての車中一泊。なつかしのアリゾナヘ再び突入。 明日は目があいたらGCだ。  

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月27日  サンディエゴ サンディエゴにすんでいるDr&Mrsフォーテスキュウを訪れることになった。 (日本で知り合った友人カップルの夫のご両親) ロスからグレイハウンドという日本の国鉄に匹敵?するバスで、カリフォルニア州の海岸沿いのハイウェイを南に150マイル。サンディエゴに着いてから市内バスでラ・ホヤという郊外の町の自宅を訪問する。幸治に聞いてはいたが、素晴らしい一言に尽きる。それはそれは美しい海とゴージャスな家々と緑がうまく調和して雰囲気をつくり出している。初夏を思わせる気候と、すべてが豊かな町。どんなファッションで歩いても映える事でしょう。映画に出演しているような錯覚さえ感じる。 Dr&Mrsフォーテスキュウの歓待をうけた。はじめてアメリカの家庭を拝見させていただいた事は何より嬉しい。働きやすい台所、家事室が特に素晴らしくため息がでるくらい。明るく広々したリビング、平均レベルではない家庭の素晴らしさ。。。 Drフォーテスキュウはカリフォルニア大学の教授を教えている先生。私には??ですが、何度もノーベル賞の候補になっているそうな。お隣のお友達が日本から来た私達のことを知って遊びに来る。彼らも私達に興味津々なのです。Drフォーテスキュウがデジタル腕時計を買ったばかりで、皆が交代で「What time is it now?」と訊ねる。その度に得意げに答える彼と笑う私達。お友達の奥さんが着物を持ってきて(貰ったとかで)着せて欲しいと言う。何とか着せることが出来てヤレヤレ。。着付けを知っていて良かった。。友人が自分の家にもおいでと案内してくれる。やはり素晴らしい。包丁をコレクションしているとかで、きれいに飾られていた。包丁は料理には一般人は使用しないらしい。。Drフォーテスキュウの車であちらこちらと観光する。彼は「今度の車はマアツダが欲しい」と言う。夕食に素敵なレストランを予約していてくれた。海の白い波が打ち寄せる建物。とても印象的。。。食事の後の残り物は「ドッギーバッグ」を貰って持ち帰る。決して犬用ではないよ。とウインクするDrフォーテスキュウはなんと魅力的でおおらかで優しいことか! 幸治記 DR+MRS FORTESCUOとその隣人P〜 夫妻(奥さんは土地のにほんじんに英語をおしえているとか)と一緒の食事。 両家のHOUSELOGY。 南カリフォルニアーーーさんさんと太陽。 あァ!     

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年 1月26日 ロス 「アメリカへ行ったら一番何処へいきたい?」と聞かれた時は、いつも「ディズニーランド」と子供のように答えていた私。 とうとうやって来た!ロスからバスで。。 5段階に分かれている乗り物の値段。入園券と10枚綴りの切符を買った。無駄にしないように考えて使う。。 E の一番高い値段の乗り物はさすがに素晴らしい。その中でも海賊クルーズは私達大人を喜ばせるアイデアが、実にうまく出来ている。 潜水艦・・・甥の憲吾達が喜ぶだろう。海に潜った感じがよく出来ている。 ジャングルクルーズは娘の千果が喜ぶだろう。サイに追われて木に登っている黒人達のお尻を角で突っつくサイ。そのユーモラスなそれぞれの表情に吹き出してしまう。 あっと言う間に5時間が楽しく過ぎる。今度は必ず千果と一緒に楽しみたいと願う。。   幸治記 ディズニーランドへ。たのしい。アメリカ的のいいところがよく出ている。 サブマリン、ジャングル、 海賊クルーズと。良く出来ている感心。 朝ホテルを変える。クラーク。 通代がはやく元気になってほしい。少し鍛える。 明日、サンディェゴへ向う。 予算は今のところかなりオーバー気味。 まぁその内、おちつくだろう。

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月25日 サンフランシスコからロス 眠れず。。夜中に消防車が4〜5台きたので、火事かと驚かされる。 午前中、バークレイ大学に行く。主人が在籍していた大学。まずは洗濯。そして、バークレイ大学の広い広い校内を散策。緑・緑に溢れている。思い思いの服装をした学生達。ヒッピー達も多く、いかにも若者達だ。ナップサックのような袋に本をいれ、背に担いで自転車で校舎・教室を回る女の子達が印象的だ。(今なら珍しい光景ではないけれど、当時のわたしには新鮮なアメリカの景色でした)  手作りのものを道に広げて売るヒッピーたち・・・楽しげだ。   幸治記 通代と一緒にバークレイへ。なつかしい。コインランドリーで洗濯。シャタックからバークレイ構内。通代がねむれないで疲れ顔。まいった、本当に。 東湾、前日までと違って雲が出た。大急ぎで空港へ。ロスではホテル探しに一苦労。結局HOLIDAY INN 。23ドルは痛い。日本に電話。ギャリーに逢う。どういうわけかウエンディも一緒。夜、ギャリーの車でハリウッド・グローマンズチャイニーズシアター等まわる。通代はいまにもダウン。ギャリーと日本で再会を約してー。 ロスはシスコより寒い。けど、53°F.    

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私の33年前(1974年)の世界一周旅行 

1974年1月24日 サンフランシスコ 二日目 午前中、ツインピークスへ観光バスで行く。昼のサンフランシスコは、またまたエレガンス。スペイン風な家並におとぎの国に来ているようだ。眼下にフリスコの町が一望できる。 お昼のフィシャーマウンズにもう一度足を向ける。カニの湯がく匂いが食欲を起す。 新鮮でオイシイ魚介類を食べる事ができた。 午後2時、バスでミューアの森に着く。小川のせせらぎ、大きなレッドウッドあるの樹木の森は、どこか日本を思い出させる。美しくよく管理されている。 サウサリトウはヨット・ヒッピー・芸術家のまち。楽しい作品が店々に並ぶ。買って帰りたいものがあるけれど、旅が始まったばかりの今から買うわけにはいかない。 赤いゴールデンブリッジはサンフランシスコに似合う。 お天気に恵まれ太平洋の風が心地良い。 夜はチャイナタウンで久しぶりに中華料理をたべる。全体的にうす味でとても美味しかった。満足。チャイナタウンと呼ばれるだけあってまるで中国の町の感じがする。今日は中国のお正月。どこかでバクチクの音が聞こえる。    日本を発ってから、緊張と興奮しているのか、ずぅーと夜が眠れないでいる。今夜、眠れるようにと祈る。。。少しウィスキーでも飲んで寝よう。

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グッドデザイン賞 Gマーク

主人がプロデユースしている[長崎さるく博06]がグッドデザイン賞を受賞した。形のないものにGマークをいただけるのは、珍しい。。。おめでとう。とてもうれしい。 主人はどの賞をいただくよりうれしいだろう・・・審査してくださった方に感謝。詳しいことは茶谷幸治のHPで読んで下さい。      

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